皆様はルールについてどのようにお考えでしょうか?
誰が決めたかわかりませんが、世の中にはルールってたくさんあります。
ルールについて今日は話をしたいと思います。
僕が小学生の頃は「ルールは破るためにある。」なんて
かっこいい男の子が言っておりました。
ルールを破る事が格好良く見えていた、
いわゆる、悪い事をするのは勇気がある、という錯覚がありました。
僕もそのような行動をとっていたこともあります。
(25年前の話ですので時効にしてください)
でも、中学生の頃からは「ルールは守るためにある」と
考え直すようになりました。
それは僕があまりに喧嘩も出来ない、頭も良くない、
いじめられっこだったからです。
もう、ルールに守ってもらうしかないという状況だったのです。
更に、「ルールは破るためにある」なんて言っている人は、
ルールも守れない愚か者だと思っていました。
守れないから格好良く見せるために言っているのであって、
実際にはそちらの方が弱いのではないかと考えるようになりました。
今思えば、結局はルールって弱い人のために作られており、
強い人は破っていいのではなく、弱い人を思いやってこそ、
社会が成り立っていくと、現在は考えております。
そんな中で、一般の人がほとんど守れないルールが
「信号」だと思います。
自動車の免許を持っている人なら必ず、
本か教習所で習っていると思いますが、「黄色」は「止まれ」です。
もちろん、例外として停止線で安全に停止できない場合は
進む事になっていますが、基本は「止まれ」です。
当然、歩行者の信号機でも青が点滅すれば、それは「止まれ」に相当します。
しかし、歩行者のほとんどが青が点滅したら
横断歩道に差しかかっていないのに走り始めます。
歩いているのだから横断歩道の手前で安全に停止できるはずなのに、です。
急いでいるとか、こんなに早く変わると思わなかったとか
色々理由があるかもしれませんが、明らかに道路交通法違反です。
急いでいるなら信号が青の間に走り始めて、
点滅が始まる前に横断歩道をわたってしまえば良いだけです。
でも、なぜかみんなこれをしないのです。
簡単なルールも守れない日本人が増えている事に
少し危機感を覚えています。
「みんながそう思っているから自分も・・・。」と間違っている事を
考えている場合も多いと思っています。
自分で正しい事はきちんと正しいと言い、間違っている事は
間違っていると言って、正していく必要がいつの時代もあるのです。
もちろん、この意見が将来間違ってくる可能性もあります。
その時代にあったルール作りと言うものが必要になってくる
ことも確かです。
誰が決めたかわかりませんが、世の中にはルールってたくさんあります。
ルールについて今日は話をしたいと思います。
僕が小学生の頃は「ルールは破るためにある。」なんて
かっこいい男の子が言っておりました。
ルールを破る事が格好良く見えていた、
いわゆる、悪い事をするのは勇気がある、という錯覚がありました。
僕もそのような行動をとっていたこともあります。
(25年前の話ですので時効にしてください)
でも、中学生の頃からは「ルールは守るためにある」と
考え直すようになりました。
それは僕があまりに喧嘩も出来ない、頭も良くない、
いじめられっこだったからです。
もう、ルールに守ってもらうしかないという状況だったのです。
更に、「ルールは破るためにある」なんて言っている人は、
ルールも守れない愚か者だと思っていました。
守れないから格好良く見せるために言っているのであって、
実際にはそちらの方が弱いのではないかと考えるようになりました。
今思えば、結局はルールって弱い人のために作られており、
強い人は破っていいのではなく、弱い人を思いやってこそ、
社会が成り立っていくと、現在は考えております。
そんな中で、一般の人がほとんど守れないルールが
「信号」だと思います。
自動車の免許を持っている人なら必ず、
本か教習所で習っていると思いますが、「黄色」は「止まれ」です。
もちろん、例外として停止線で安全に停止できない場合は
進む事になっていますが、基本は「止まれ」です。
当然、歩行者の信号機でも青が点滅すれば、それは「止まれ」に相当します。
しかし、歩行者のほとんどが青が点滅したら
横断歩道に差しかかっていないのに走り始めます。
歩いているのだから横断歩道の手前で安全に停止できるはずなのに、です。
急いでいるとか、こんなに早く変わると思わなかったとか
色々理由があるかもしれませんが、明らかに道路交通法違反です。
急いでいるなら信号が青の間に走り始めて、
点滅が始まる前に横断歩道をわたってしまえば良いだけです。
でも、なぜかみんなこれをしないのです。
簡単なルールも守れない日本人が増えている事に
少し危機感を覚えています。
「みんながそう思っているから自分も・・・。」と間違っている事を
考えている場合も多いと思っています。
自分で正しい事はきちんと正しいと言い、間違っている事は
間違っていると言って、正していく必要がいつの時代もあるのです。
もちろん、この意見が将来間違ってくる可能性もあります。
その時代にあったルール作りと言うものが必要になってくる
ことも確かです。