終わりましたねぇ。「マッサン」


エリーが好きでした。いつも前向きで・・・・異国で頑張りぬきましたね。


娘の挙式も明日になりました。

自分が23歳で、結婚したころは、ここから苦労があるなんて、夢にも思わず。

育った真言宗の寺から在家の真宗の家に来て・・・・戸惑うばかり。


学生時代の先輩たちから「おしん」の時代じゃあるまいし・・・・関西に出てこい・・・と心配かけてました。

当時、48キロの私がどんどん痩せて長男抱えてて…38キロくらいで。

フラフラでした。


学生時代にお稽古通ってた、京都の茶道・華道の先生もビックリされてるのがわかりました。

生きる意欲もないほど・・・・でした。


それでも・・・・逃げたくない自分は突っ走った結果です。


もう戻れない長い36年間が過ぎました。


頑張る私に・・・母は、「いつか分かってもらえるから・・・・無理せずに・・・・」って。


もう分かってくれなくても良いです。

自分で決めた道でした。

関西に逃げもせず。

実家にも帰らず。


娘も明日、挙式後、会食。解散して二人で市役所で入籍。

名字が変わって・・・・あと半年我が家から・・・・勤務。

10月の披露宴から。呉市に引っ越しです。


ここから苦労も始まるでしょうが・・・・「二人で自分の家庭を築くように」合格


幸せはお金だけではありません。

共に泣ける。共に笑えるパートナーになって・・・・


親も2人から4人に増えますあせる


おばあちゃん3人になります。

母の日のお花を選ばせてくれて。

彼のお母さんのも選んでました。


息子は意に沿わないのかもしれませんが・・・・明日の挙式は出席してくれます。

とにかくお願いしました


「私も抗がん剤直前の心ここにあらずの緊張感

着物着てて夫が倒れても介護できない。

写真も撮って欲しい。


付き人として。

兄として・・・・一生恩をきせられてもお母さんの為に・・・出て欲しい。」


母として・・・優しい息子の心の傷を残させたくないから・・・・

将来。娘の子どもたちに「なぜ、伯父ちゃん写真にいないの??」


節目の日だから・・・・・家族だから・・・・・



息子の旅立ちにも家族で応援すると約束しました


また、仕事で東京に行こうとも息子の決めた人生の旅立ちは応援します


子どもたちの笑顔を見せて欲しいだけ音譜