合掌 | いきなり団子

合掌

岡山国際サーキットで、テスト走行中の沼田憲保選手が、事故で亡くなった。41歳だった。

同年代で未だに現役の第一線で活躍していたのに、残念でならない。

自分もバイクが好きで16で免許を取り、250に乗ってた。

ただバイクに乗るのが楽しかっただけだった。

休みの日に、一人で夜明け前から箱根に走りに行って、すげー気持ち良く走った帰り道、車に跳ねられて膝の皿割って、バイクも全損で地元に帰って1ヶ月入院してた。

それから暫くバイクから離れていた。

しかし、またバイクに乗りたくなって近所に出来たバイク屋で中古車を買った。

そのバイク屋さんがクラブのツーリングに誘ってくれて、初めて一緒に走った時、最後尾からついて行っててコーナー三つ過ぎたら全然見えなくなって、自分の遅さに相当落ち込んだ。

暫くして地元のホンダの工場横にサーキットが出来て、兎に角少しでもバイクのテクニックを身に付けたくなり、バイクと車を売り払い、連れがサーキットで乗ってたTZR250RのSP仕様を5万円で譲ってもらい、サーキットライセンスを取りに行き、練習を始めた。

最初は邪魔になる位おそかった。

クラブの先輩が結婚する為レースから引退する事になり、88NSR250RのSP仕様を譲ってもらい、サーキットに通う為にワンボックスも買って練習に通う事が生活の中心になっていった。


もうその頃には沼田選手は全日本のトップライダーだった。

ツーリングクラブの連中で自分より上手かった何人かが、後からライセンスを取り一緒に練習するようになった。

いつの間にかその連中より速くなってた。

地方選手権に出て予選通過出来る様にもなった。

シーズンが終わりトップレベルの高さと若さに諦めがつき、サーキットを離れた。

あれから15年以上経っているが、未だに現役で全日本のトップレベルで走っていた沼田選手が、こんな形で亡くなる事が本当に悔しい。

サーキットを走り出して今までに知ってる名前の選手が何人亡くなっただろう。


沼田憲保選手、ご冥福を心よりお悔やみ申し上げます。