達成感といい具合の充実感

そして少しの疲れ。



ちょっと寝る!



こんな時間だけど。






前にも書いたことがあったけど
私は感動の沸点が低いのかもしれない。


今年度、子供会の役員をすることになっているのだけど
バレーの練習が始まるにあたって
色々と悩んでいました。

仕事と役員の両立、
それに加え子供の個人的にやっているスポーツの試合。

それらをうまくどうやって連立させていくか。


頭の痛い問題でした。


もともと人に寄りかかるのが苦手だから
自分でどうにかしようと思っていました。


そんな矢先、かかってきた電話。


ここ数年で、少しづつゆっくりした口調で
自分の思うことを感情的にならずに
話せるようになってきつつはあるのですが
ひょんな予想外の展開になると、慌ててしまい
声も高くなり
口も思ってもいないことを言ってしまったりするのです。


今回のその電話の内容は
とてもありがたいものでした。

もっと甘えていいんですよ、
気負わずしてください、
そんな内容だったので
車内で話しながら思わず目頭が熱くなりました。


息子が隣にいて、どうしたのか、と
伺うような不思議そうな顔。


息子に話しました。

「電話の人
もともと苦手な人だったんだけどね、
その場を取り繕うとかいい顔しようとか思わずに
心を込めて話したらそれが伝わったかのように
相手もこちらを気遣ってくれてね、
それがすごくうれしくて、
それで今泣きそうになってます」

と。

この一年、忙しいのは覚悟しているけれど
きっと一年後の私はパワーアップしているであろうと
ある人には宣言もしています。


だってほんまになんだかいいように出来そうだから。


ここまでくるのには
もう忘れてるような些細な支えもあったんだと思う。


毎朝電話で送り出してくれて
夜はねぎらいの言葉をかけてくれる大好きくん。


自分では到底わからない状況なのに、
わかるまで話を聞こうとしてくれていつもありがとう。

愚痴っぽくなる私の話も
冷静な目で見て、
それでもっていつでも味方でいてくれるお友達もありがたいね。

不安に駆られるという私に手持ちグッズを勧めてくれたあなたも
ありがとうね。


忙しさに身を任せて、
気が付いたころにはきっと夏ももう真っ盛り。









久しぶりに神戸へ行ってきました。


いっぱい思い出がある場所です。




楽しみにしていた、おうどんのお店
二年ぶりに行ったら閉まってしまっていました。



どこかで移転していてくれれば、と思うのですが。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



おとといの夜、
お洗濯を干しながらどうでもよくなった。

あほらしくさえ思えてきた。

昔からの友人と愚痴っぽく話して
言葉をもらって
そしたら自分の見るところが見えた気がして
清々した。


「憎んでる間はまだ依存してるんだよ。

好きでもなく嫌いでもなく
どうでもよくなったときに初めて解放される。」

そうかもしれない


「相手を変えようとするからしんどい。」



なんやかんや言いながら結局依存してて
それが最初は共依存だったわけ

求める先は多分定まっていなくって
固執しているのか





相手の価値観と自分の価値観は
似ている者同士と思っていても違うもの。

「色んな物を捨ててくことだね。」と言われたけど
そこに達するにはまだまだなんだろう。


引っかかっていた話をしたら
そんなの所詮、でしょ?と言われた。

私からすればそれくらいの人





周りは個々で判断して動いていく。

私はそれを受け止めて
どう噛み砕いていくか、それだけ。


ケンカをしないので
それはするほうがいい?

「そんなことないよ、
ケンカをするからいいとかそういうんじゃない。
しないならしないでいいんだよ。

話し合いができていればそれで問題なし。」


そっかぁ・・・

私が地面に唾を吐くような発言をしたことも伝えた。

その事に対しても気が付かなかった視点からの答え。



別に、
嫌な人にならなくたっていい人にならなくたって
その時その時
きちんと向き合えてたらいいと思う。


聞いてた話だって
私に言ってなかったことはでたらめも入ってた。

でも私には色んなこといってくれていたことも
わかった。

それだけ解放してくれていたってこと


分析しなくても
ニュアンスで感じ取れる。



朝もやのようなすっきりしない霧なんか
早くどこかへ吹き飛ばされてしまったらいいのに。


バラバラになった言葉の記憶を辿りながら
昨日も気持ちを整理していました


でもなんか、しんどかった



















水の中でじっとしていたことってあんまりなくって
だから水中から見上げる図というのはパッと出てこない。


どっちかというと水泳なんかは苦手な方だったしね。


あと、底の見えない水場はとても怖くて苦手なのです。


底知れない恐怖というか
どこまでどうなっているのか、
混沌としていて見えない不安を煽る要素
そういうので
怖い気持ちを一層掻き立てられるのかもしれません。



でも水を張った場所とか
浅い清流とか
そういうのは好きです。


ちょっとぶりにこの本を手に取りました。


やまなし (ミキハウスの絵本)/三起商行

¥1,575
Amazon.co.jp



数社から出されている本ですが、
私はこれにしてよかったと思った。


とても繊細で、
まるで自分が山の中のきれいな流れの中にいるような
そんな感じなのです。

水面から入ってくる光の揺らめきとか
とってもはっきり、でも色のせいでしょうか、
とても柔らかく感じられます。


自分が
小学校の国語の授業で習った記憶を頼りに
探したんだけど
独特の世界観と言葉使いは
何年経た今でも魅了されました。


子供に学校へ持たせました。
一時貸しで、ね。

先生が読んでくれはったそうですが
子供は釘づけだったそう。

みんな静かになって聞いてたよ、と。

今では小6で習うそうです。



自分たちとかかけ離れた
静かで近代の便利さもない世界で
でも感じることはものすごく響くのです。




人間は陸でしか生きられないからか、
それで水中に興味を抱くのかな。


スキューバーダイビングで潜ったり、
シュノーケリングで海中を覗いたりとか
あと水族館の大水槽とか。


私も学生の時
三メートル四方の箱の中に自由に部屋を作りなさい
と課題を出されて、
半分以上プールの部屋を描きました。

わずかにあるプールサイドのようなところから
チューブを通って下に降りると
水に囲まれた透明な四角い寝室があるのね。


構造上無理です、とあっさりこけ下ろされたけど
この間東京に行ったときに入った
すみだ水族館のDASH村の理想郷の模型にも
海中へ向かって伸びる通路からつながる
海中観察部屋 なるものが作られていました。


結構思ってる人は多いんだと思うよ。
こういう夢。


水と言えば
雨音は究極の癒し音なんだって。


ただひたすらザーザーと降る音。

そういう音源もあるようだけど、
私は普通に色んな雨音だけでいいかな。






やまなし。


そう、クラムボンはカプカプ笑うのだ。



クラムボンって何?
なにかなんてわからない。

説明のしようにも言葉が見つからないのだ。


だからいい。






今年のバレンタインは一日遅れ。


こういうのは欠かさず遅れずなのだけど
今回はいたしかたなく・・・


でもぎりぎりに大丈夫とわかっても
作ったの食べてしまってたしw


今年も相変わらずの手作りで
手作りと言っても簡単お手軽で


子供たちも今年は三回もチョコの日があった。

吹き出物に気をつけないとね。




驚かせたかった同包の一冊


開けるとき私もほらほらーと興奮・・・のはずが
あっさり開けてしまっててガクッ

Vol.2も出るんだよと言ったら
じゃあそれ今度はこっちがプレゼントするよって大好きくん。

東京タワーで買ったキーホルダーが壊れた、と
しょぼくれていたら
出向いて同じものを買ってきてくれ、

もうおいしかった紅茶がなくなるといったら
また送ってくれたり


どれもわざわざ・・・と恐縮してしまうこと。

でもありがたい。



そんなところが大好きくん。


全く同じとはいかないけれど
いい感じでバランスのとれたやり取り。



一時期、私がしてばっかりの人がいた時期がありました。


それはその時はごまかしていたけど
やっぱりしんどいね。
















今日は遅くまでかかって
賭けに出た仕事を片付けました。


なにもそこまでしてこの忙しい時に・・・という
もう一人の自分の声もあったのだけど
どうしても譲れなくって仕事持ち帰り。

後悔するもののするしかなく、
波に乗ってやってしまうぞーと思ったら遅い時間。



でも明日に持ち越そうかと思ってたんだけど
よくやったと自分をねぎらい
本当はスムージーのお酒で乾杯しようと思ったけど
もうこんな時間なのでおやすみタイムに入ります。


机の上も床の上も
こっきりすっきり片付いた!


きもちいい!

きもちいい!


肩はパンパンだけど
きもちいい!



これで明日
気持ちよく二つのスルこと、できます。










朝、ピグの部屋に行くと
チヨチヨ行燈の横に
プーさんカップケーキ。



$*綴りノート*





こんなんあるんだハート


もったいないからしばらく飾って置きます。


ありがとうーーー



明日はバレンタインデー。


娘は一足先に作って、
お目当ての子にもう渡しました。


私ももらったけどおいしかった。


チョコは幸せになるお菓子だね。






今年は遅ればせながらのバレンタイン。


もうしばしおまちをプレゼント






ニュースで見た、というか
話題を小耳にはさんだ程度で済んでいた東京駅の復元記念



今日、たまたまTVでプロジェクションマッピングという
CGの技術をやっていて
動画を検索したら10分ちょっとの長めの時間だったけど
釘付けになってしまった。


古いものと新しいもの


簡単に言うと
動画のだまし絵 だって!










明日 PCのフルスクリーンにして
見せてあげようと思います。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


プロジェクターにスクリーンのセットは
実はちょっと憧れなのです。


画質は少々落ちたとしても、
おっきな画面で見てみたいという願望があるのです。




家庭用も出ているけれど、
やっぱり贅沢品だし
それだけ腰を落ち着けてみる時間がそんなにあるのか、というと
うんとは言えないので
欲望整理箱へ入れて蓋をしていますが。





プロジェクターを使ったこういう映像を見ると
私は子供の時に見せてもらった
8ミリビデオ(?)を思い出すのです。


テープの大きさは
レコードのちょっと小さいくらいの直径ね。



叔父が、そういう音響とか映像に通じるところがあって
そうだなぁ・・・まだ私が3歳の頃かしらん・・・?

自宅庭で従兄弟たちと一緒に
跳ねるボールを追いかける映像を撮ってくれていました。


そしてそれを祖母の家で見せてもらったのです。


昔の家だから建具だらけの家。


部屋の間仕切りは白い襖で、
まさに簡易プロジェクター。


二枚の扉に映し出すものですから、
間に黒いふすま枠が映っていました。


音声はなく、スムーズさもなく
つぎはぎの追っかけっこみたいなカクカクした映像。

そして画面に散らばる無数のランダムな黒い点。


クマのプーさんの8ミリも見せてもらいました。



それは音声は別個でなんかあった・・・?
音もありました。


ふすまが透けて見える、
でも初めて見るプーさんのアニメーションに
釘付けになりました。


小学校でも年に何度かの映画の日があって
それも大きなテープが用意されていました。

黒いカーテンが閉まるとワクワク感は一気に急上昇。

プロジェクターからまっすぐ伸びる光には
体育館の中のホコリがキラキラと浮き彫りにされ、
その延線にいる子供がわざと手を上げて影を作る。


そして
座りなさい、というお決まりの流れで映画が始まるのでした。


ハイビジョンもきれいだけど
あのころのカタカタ音を立てていた映写機も劣らず負けず
なかなかのもの。

















先ほど小一時間ほど
ある人と話をしていたのですが







この一年でいい方向に向かいそうな予感。







私が今まで線を引きすぎて、
勝手にイメージを作り上げて、
知らず知らずのうちにそれがそういうものだと見え始めて
悪いように悪いように考えていただけなのかもしれない。



天井のシミがおばけに見えてくるように。


夜の山道で木々の擦れる音に怯えるように。



やるからには仕方ない、
やるしかない逃げ道のないことだから
そうすることで自分を奮い立たせているのかもしれないけれど



これからは積極的にこちらから寄っていきたいと思います。


自分が抱く気持ちは相手に知らず知らず伝わっている


これはほんとそうだと思います。






そんなそんなひどい人なんていない。




メールはいつも文字だけ。
そっけない感じがして
気にする気分の時は不安になったりもするけれど
こうやって顔見て話した後はそういうメールでもなんてことない。



そういう人っていうだけよね。
わかってても
私はつまらないことで気にしてしまう人だから


だから私は顔を見て話したいのです。













・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



                最後に入れた言葉は
                ひねくれない本心だよ。


                
                わざわざ言うほどのことでは
                ないのかもしれないけれど






















会社で本を貸していたある人から
「ありがとう、長い間ごめんね。」
という言葉と共に貸した時の布トートを受け取りました。



袋が膨らんでいるー…


中にはラムレーズンの飴ちゃんが一袋。


「え、こんなんええのに。」
と言ったら、
お礼と長い間借りっぱなしになっていたお詫びだと。


この飴ちゃんがまさしくタイトルの「気持ち」。


気持ちをモノであらわすとき
形式ばったきちんとしたものだと箱折りに入ったお菓子とか
熨斗のついたお歳暮とかお中元とかそんなものもあるけれど、
この気持ちはそんなよそ行きじゃなくって
普段着の感覚といえばいいかもしれません。

キッチリしなければいけない時には
キチンとしなければならないのだけどね。


時と場合、状況を見極めて、ということですね。



この普段着の気持ちの受け渡しは、
私自身も渡す方と受け手の方
どちらも経験済みですが
ポイントは相手に気を使わせないということ。


大層なものでは相手に恐縮させてしまう。


○私がもらった気持ち例

 ・貸した子供服のお礼に、と
  スーパーで売っているバウムクーヘン。
 ・裁縫道具を貸したお礼には
  ポケットサイズのチョコ菓子。
 ・書類の受け渡しに呼び出されたときは
  コンビニプリン家族分。


ちょっとしたことだけど嬉しい。

いいのに、とか言いながら
こちらも受け取りやすいものばかりです。



○私が渡した気持ち例

 ・服のおさがりをたくさん頂いたお礼に、
  キッチンスポンジと台ふきん。
  (自分では普段買わないかわいいのw)
 ・調べ物を代わりにしてもらったお礼に
  パン屋さんで売ってるクッキー。


箱でなく、袋、
あとリボンとかラッピングもたいそうなものにしないところが
気をつけているところですかね。



決してモノを渡さなければいけないということもなく、
一言添えたりでもいいと思います。

文面でも言葉でも。


習い事の月謝を先生に渡すときでも
子供が渡すのですが黙って渡さずに一言、
「今月もよろしくお願いします。」
とちゃんと両手で、って。



日本人固有の繊細さ、
こういう所にも息づいていると思うことが
結構日常には散らばっています。







もう前の話だけど、茶太郎が脱走した時。

息子が探しに行くと、
近所のおばさんが
家にあったロールパンでつなぎとめてくれていました。

無事連れて帰ってくると息子がこう私に。
「お母さん、なんか気持ちだけしとかんとな」


すごく自然な言い方で、
男の子なのに
どっかのおばちゃんみたいに慣れた口調でそういうので
笑ってしまった。

その笑いには
母の嬉しさも含まれていたことはしっかり覚えてる。

育ってるなぁ、って。



おばあちゃんとか自分の周りで
そういうのを日常に感じてるから出た言葉なんだろう。


その時は家にあったキットカット一袋を持っていきました。

「やぁやぁそんなんよかったのに」
と言いながらも受け取ってくれはったって。


それくらいのものでお互いが気持ちが温まるのならお安いこと。


満たされた気持ちは、その値段の何倍もだったことでしょう。 





気持ち をうまく使える人になりたいと思います。





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