家で、ガスの火で焼くワッフル型(ひっくり返すタイプ、ちょっと手間がかかるし、うっかりすると焦げる時もある)を使って、ワッフルを焼いています。
姉と弟が、
わたしが!オレが!
と、やりたいっ!やりたいぃ〜!!オーラを放ちながら
ガステーブルの前に陣取り、
ワッフル型の真ん中目がけて、
慎重に生地をボタッと垂らしています。
当然、姉の方が真ん中の命中率が高く、
端っこに垂らしてしまう弟は
「もうちょい真ん中に!」
と言われる(笑)
そうね、まだ手元があやふやな弟だからというのもあるけれど、
あなた(姉)の方が目線が高い分、上手に真ん中に命中させられているよね。
この位置から(弟の目線)見てみよ〜
腰を低くして、
あれ〜?!全然よく見えない!
なので、そりゃなかなか真ん中と思っているところに生地が落としづらい。
ということが判明したと同時に、
ホントにちょっと視点が違うだけで、
わたしの見ている世界とは全然違う!
あれれ?
他の人が見ている世界は、わたしにも同じ世界のように見えている?
わかっていたようでわかったつもりになっているけど、ホントにわかってる?
違いを受け入れていたかな?
同じ物でも、同じ事象でも、同じ出来事でも、その人それぞれに見え方が違うってことだし、
見え方が違うってことは、捉える場所も違うし、距離感も違うし、アプローチの仕方も違うってことだし、
目の高さだけでもこれだけの違いがあるってことは、
人それぞれの頭の中に入ってくる感覚も違うし、人それぞれの頭の中にある記憶とデータのすり合わせはもっともっと違うだろうし、、、
だから、
本当に、人と同じように見たり聴いたり感じたり考えたりすることって、実は全然ないかもしれない、、、
同じように感じたり、考えたりしているよね!
って思い込んでいることは実は、
こう考えるのが普通だよね?こう感じているのが当たり前だよね?ってなんとなく思わせられていたり、幻を作っていたり、周りに合わせているだけのことなのかも知れない。
それぞれの目線の高さで、見える世界があるんだってことを、いつも忘れないでいよう。
自分の狭い視点にこだわらずに、
違いがあることを怖れずに、
自分の知らない世界を見せてもらえるように、いつでも受け入れてみよう。
そしたら、ずっとずっと自分よりも高〜い視点と広さで見える世界を見ることができると思う。
ワッフルを見るたびに思い出すと思うけど(笑)
この先、
まだ自分が見ること知ることのできていない世界を前に、
いつでも見えていない世界を知ることができるゆたかさを感じて、自らを変えていける柔らかさを持ち続けていけたらいいと思う。