いわゆる恩や義理,恥などの概念が重視されるのは,
普遍的な善より人それぞれの個別の事情が優先することだと言い換えてもよい。
正義よりお家大事,要するに「うちわの理屈」なのだ。
その心性が,日本に欧米流の厳格な倫理を根づかせなかった・・・・・
食材の偽装表示であれリコール隠しであれ虚偽報告であれ,
告発された会社の多くでは十年二十年前から同じことが行われてきた。
隠蔽が企業体質そのものになったといってもよい。
日本人性悪説を声高に唱えるつもりはないが,
どうも私たちは生まじめに正義を論じる民族ではないらしい・・・・・
「仕事に活かす<論理思考>」 本田 有明著 ちくま新書□ □ □ □
▼ うちわ至上主義
一般的な日本人論は置いといて・・・
うちわがなにより大事。
所属する組織のためならイヤなことでもやらねばならぬ。
うちわを放れれば,絶対的に従う正義がない。
よって旅の恥はかき捨て。
あとは野となれ山となれ。
・・・・・自分の場合,言われてみれば確かにそうだ。
▼ 患者様のため?
たとえば病院における絶対的普遍的な善とは何か?
それは「患者さんのため」。
多くの病院の理念には,「患者中心」とか「あなたの病院」などの文字が躍る。
しかし,どれくらいこの言葉が忠実に守られているのだろう?
現代医療が医療従事者の純真な奉仕の上に成り立っていることは否定しないが,
多かれ少なかれ,その意志が揺さぶられグラついているのも事実。
気持ちは「患者中心」を厳格に貫きたいが,そうは問屋が卸さない・・・・・
そんな自己矛盾に悩む日々が実情ではないか?
迷える(多くの)私たちには,普遍的な正義・絶対的な拠り所がないらしいのを自戒するべきという指摘は,傾聴に値する。
それにしても厳格主義以外はすべて「見て見ぬふり」だというのは・・・・・耳が痛い。