どうもこんばんは。人の記憶って時間と共に薄れていくので、
タロットの学習、おさらいも、なるべく短い時間で、ちまちまと繰り返してやるようにしています。
鑑定のときに、ちょっと見慣れなくなってきた、というのがあったら
それをメモしておさらいしたり、 なんとなく気の向いたのをおさらいしたり。
ピックアップするのもいいけど、数字の流れを追っていくのもまた味わい深いですね。
この人物はもしかして、あのカードにでていた人だろうか、とか。
急に知らない人物がでてきたり、どこからきたのだろうかと考えたり。
電子書籍を利用しているので、パソコンでさっと開けるのも助かります、ものぐさには。
覚えて詰め込むものでもなく、いかにしてテーマと紐付いている必要な部分を拾い上げて
精査していくか、になるので やっぱり日々の積み重ねが大事なようで。
かといって詰め込みすぎると 撃沈します。
そしてなまけると鈍ります ものすごーく。
覚えずに忘れるぐらいで、私の頭にはちょうどよいのかもしれません。
最近はソードの系列をおさらいしております。
現在はソードの10まで 1から順に絵柄と解説書を辿ります。
使用タロットはスカラベオタロットなので、専用のものはないので
一般的な解説書、から色々引きずり出していきます。
絵柄も、アレンジが多いので解説書は拾い読み どう感じるか、どう受け取るかを重視。
受け取る側からも苦手やもしれませんが、
読みてもソードって、苦手なことが多いのかなぁ。大好き!といえる人は
とても自己肯定感がよく育っているのかもしれない。
私は死神や塔、愚者のカードに親しみを感じます。
今回のおさらいでは、ソードは自己信頼 あるいは自己肯定感を育むために
必要なリセットの過程、のように感じられました。
実際に感じている傷も痛みも、あると思っているだけの幻想の部分も含めて
それらと決別をして、新しく仕切り直しをしていくための物語のよう。
このデッキのソードの10番は 痛々しくなく、むしろ清々しさのある別れのニュアンスです。
もちろん外からは爽やかに見えても、当事者からしたらチェーンソーや電ノコ並のこともあるので、
あくまでおさらいした上での、エッセンスになります。
他者からは、痛みははかれません。
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普段のタロットとしてみていくと、やはり見えていない、自覚していない部分を
自分にわかるようにして、整理整頓をしたり手放したりの雰囲気がありますね。
それを誰かにしてもらうのではなく、あくまでも自力である程度達成させる必要があるような。
そういうことができる状態じゃないけれども、それをおすすめしてくるカードでもあります。
どのようにでたとしても、フォローやケアのカードを合わせて見ていくのがよい感じです。
逆に考えるときっちりばっさりしているので、カップのカードと比較すると潔い。
進行ペーストしてはスローがほとんどかなぁ。じわじわと進んでいくぶん
急に視界が開けて爽やかになったりもしそうで、オンオフが激しいイメージ。
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ここからはセルフの体感。
いつまで必要ではない、不要な幻想に気をもんでいるのか、と突きつけられるような。
それとこれは別の物事で、繋がっていると思っているだけで、
当初の目的はこっちだろう?と目の前に差し出してくるような。
自己肯定ゼロなもので、手厳しく感じます。
カード自体の良し悪しではなくって、受け取る私の問題の部分ですね。
タロットに良し悪しはなくって、合うか合わないかと思っております。
惰性の部分と必要行動との選り分け、精査。
散々味わったんだからそれはもういいでしょ、というような。
不要な思い込みに入れ込んでいることへの指摘、サポートアドバイス、な感じ。
恐れではなくって、惰性、ですねあるいは怠惰。飽きたならなんで手放さないんだろうという疑問符。
ぐぐっと胃のあたりにくるのは杯にケアをお願いしたほうが良さそう。
私の場合は金貨にあまり欲がない分、感情に引っ張られがちです。
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そうとはヒントがやってきても、なかなかままならないのがこのボディとメンタル。
それでもタロットたちは何度でも何回でも、必要なときに必要なことを示してくれます。
カードを見て宇宙猫みたいになってるときだって、ヒントはでてるはずなんですよねぇ。
鑑定のときとセルフ、ではまったく読み方も変わるので、面白いものです。
日々精進息抜き楽しむこと、ですね。
お粗末様でした。