その夜、韮沢は暗がりの裏路地にやってきて、突き当りにある塀の前で立ち止まる。
韮沢「ふいー…」
一息つきながら塀に背中を寄せ適当に時間を潰していると、塀の向こう側から足音が聞こえた。
「どうも、お待たせしました。」
塀の向こうにフリージャーナリストを名乗っているネズミが現れる。
韮沢「呼び出されてきたけどさ、こっちも色々あるからあんま余裕持てないんだけどね?」
ネズミ「そう言いながらも、こうして来てくれたじゃないですか?」
韮沢「そりゃぁおたくが呼び出すときは何か情報を掴んだってことだからね。」
韮沢もネズミもお互いの腹の探り合いはしつつもギブアンドテイクの関係上、下手に踏み込んだ話はしない。
お互いを利用し合っていて、韮沢は署の捜査状況、ネズミは警察では介入できないような裏情報の提供。
塀越しの会話をするときはネズミから呼び出しが来て、韮沢がネズミから情報を受け取り、捜査状況に関しては韮沢は進展があった場合のみ報告をする。
ネズミ「で、そちらの状況はどうですか?」
韮沢「刑事課の一人が殺されて、ほとんどそっちの捜査に回ってるんだけどね。ハハハ、ちなみに捜査から外されちゃって。
代わりに機嫌の悪い先輩のサポートしながら街の暴行事件の捜査に回ってるよ。」
ネズミ「暴行事件?」
韮沢「ほら、街で謎のバイカー集団が来たでしょ?そのせいでこういった事件が多発してね。
まぁ関連付けはまだこれからなんだけど、明らかにバイカー集団が原因でしょ。それについてなんか掴んでない?」
韮沢は街に現れたバイカー集団が事件を起こしてると推測していて、それについてネズミに情報を求める。
ネズミ「実はちょうどそれについて調べてましてね、余所者ってことは掴んでるんですが、まだそれ以上は…。」
韮沢「あっそ、まぁわかったら教えてよ。で、そっちは今回どんな情報くれんの?」
ネズミ「まぁその前にまずはこれをどうぞ。」
ネズミはそう言って塀の向こうにいる韮沢に向かって大きめの封筒とそれより小さい封筒をまとめたのを投げる。
韮沢「おっとっと、」
ちょうど韮沢の立っている場所に落ちてきたので、韮沢は落としそうになるが何とかキャッチする。
韮沢「どれどれ…」
大きめの封筒を開けるとそこにはリストのような記録がびっしり載っている用紙が五枚入っていた。韮沢はスマホの明かりで照らしながらそのリストを見る。
韮沢「……は~、よくここまで調べられたな?」
ネズミ「出し惜しみしたつもりはないんですけど、ここからこっちは大きく動くつもりなんで。」
韮沢「へぇ~、まるで正義の味方みたいなこと言うんだな。で、この小さい封筒は?なんか手紙みたいなのが入ってるように見えるんだけど。」
ネズミ「その小さい封筒は開けないでくださいね。」
韮沢はそう言って小さい方の封筒を開けようとするが、それを読んでいたのかネズミに止められる。
韮沢「何この封筒は?」
ネズミ「あなたに一つ頼みごとがあるんですよ。自分たちがこれから大きく動くために、その封筒をあなたが信頼できる刑事に一人にだけ渡してほしいんですよ。」
韮沢「なんで俺が?」
突然のネズミの頼みごとに韮沢は疑問を抱く。
ネズミ「別にあなたでもいいんですよ?こうして協力関係にあるんだから一緒に悪を裁きましょうよ。」
韮沢「いやいや、俺に関しては数年前の“やらかし”があるから他の署でも意外と目を付けられてるんだよ。
それに俺はコソコソやってる方が性に合ってるし、そんな刑事ドラマの主人公みたいなのには…俺は死んでもなれないよ。」
ネズミ「じゃぁあなたが思うその刑事ドラマの主人公みたいな刑事にその封筒を渡してください。あなたの目で見て、正義を果たそうとする刑事はいないんですか?」
韮沢「………」
ネズミの問いかけに韮沢は黙り込む。ヤンキーが溢れかえ、裏社会の人間が蔓延り、表社会の人間でさえ闇が渦巻くこの街で、そんな正義を貫くご立派な考えを持つ人間を韮沢は自分の記憶の中から探す。
韮沢「……いるね、思いつく限りでは一人だけ。」
ネズミ「何か不安でも?」
韮沢「いや、なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだ?って思ってさ。
そっちのやってることに巻き込まれるようなことは御免だね。おたくが何をしでかすかわからないけど、俺はこのまま情報を交換し合ってる関係の方が良いね。」
ネズミ「じゃぁなんで二年前の“あの時”、あなたはあの場所で、警官隊を止めようとしたんですか?」
韮沢「………」
ネズミの言葉に韮沢はまた黙り込む。韮沢の脳内で二年前のあの時の映像が蘇る。
それは当時のラッパッパ副部長である“さくら”が裏社会組織たちの会合を仲間たちと襲撃した事件の事だった。
マジ女、ヤバ女、激尾古と裏社会組織達と激しい銃撃戦を繰り広げ、さくらを残し仲間たちは命を落としてしまい、さくらは外に待機している警官隊の一斉射撃による銃弾を浴び命を落とした。
韮沢はその現場におり、さくらの最後をその目で見た。
ネズミ「あなただって正義を果たそうとしてたんじゃないんですか?そのために彼女たちを利用して街に蔓延る悪を潰してたんじゃないんですか?
まぁあの時警官隊を止めようとしてたのは疑問に残りますけどね。」
ネズミの話に韮沢はフッと笑う。
韮沢「まるで全部見てたかのような口ぶりだな?」
ネズミ「情報嗅ぎまわるのが性分なんで。」
韮沢はヘラついたように笑いながらネズミにそう言うと、小さめの封筒を見つめる。
韮沢「ま、俺は巻き込まれるのは御免だし、適当に渡して逆恨みもされたくないし、貸しイチね。」
ネズミの頼みを承諾したような口ぶりでそう言って塀から背中を離し、表の通りに出るため歩き出そうとする。
韮沢「あー…なんで俺があの時止めようとしたのかっていうのは、死なせるにはもったいないって思ったからだよ。あと顔が意外と好みだったから。じゃ。」
ヘラつきながら言ったため本音かどうかはわからないが、韮沢はネズミにそう言って塀から離れた。
塀の向こう側で塀に背を寄せているネズミも、韮沢が行ったのを確認すると自身も塀から背中を離す。
ネズミ「任せましたよ?あんたがやってくれないと支障が出るんスから。」
ネズミは韮沢が頼みごとを全うしてくれない場合のことも考えているが、実際全うしてくれた方が次のステップに進むことができると思っているため、韮沢が全うするのを信じるしかなかった。
続
陰で情報を交換し合うネズミと韮沢。ネズミは大きく動くために韮沢に協力を求める。
韮沢はネズミから受け取った封筒を誰に渡すのか。
次回の更新は金曜日です。