まだまだ寒い日もありますが、木の枝の先の
つぼみが少しずつ膨らんでくるのは、なんとなく
ワクワクするものですね。
sazaresiの住んでるところでは、テレビドラマ
「水戸黄門」は毎週月曜の夜です。で、
何の話かと申しますと、とくに観たいわけでもないのに
なんとなく、これでいいやぁ、と毎回見てしまう、そんな
自分に、自問自答。
黄門さま、すでに日本全国を繰り返し踏破すること
四十年あまり。いつ果てるとも知れぬ国民的定番
番組、なんですが、・・・最近考えさせられることも。
もちろんお約束通りのめでたしめでたし展開で、
正直で真面目で立場の弱い人たちを助けて、
甘い汁にむらがる役人や商人を、
「お前達のわるだくみはこれこのとおり、明白じゃ!
神妙に、沙汰を待て。」で、「はぁはぁぁ~っ。」と
悪人一同ひれ伏すばかり。しかし、しかしです。
わずか五十分足らずで悪人退治というドラマの
性質上その悪事を立証するために、元忍者という
設定の超便利な密偵さんが必ず大活躍。
悪いやつを倒すという正しい目的のためなら
不法侵入も色じかけも他人の名をかたることも
すべて「痛快」という後光を輝かせて許されるの
です。そしてほとんどのストーリーに出てくるのは
証拠の裏帳簿だの秘密の連判状だの。それを
探し出すためなら、最初に悪人どもが仕掛けたのと
同じ「手」を使ってもオールオーケイ。かくして「悪」は
滅ぼされ、善意のかたまりのような人々と微笑みかわして
黄門さまご一行はまた次の悪者退治に旅立っていくので
あります。万歳、バンザイ!
・・・・毎週これでなんとなく安心してしまう、そんな自分の
心が、sazaresi、自分でも疑問です。で、長々何を
言いたいのって。ん~っん、
「社会的制裁」って言うと聞こえはいいけどね。
以前問題になった「市中ひきまわし」という古い
刑罰と、そんなに違わないことが、
「正しいことは、いいことだ。」というお墨付きの
もとで行われていないか、そんなことを、
ついつい考えてしまうんです。
「正しさの闇」ってものもあるんじゃないかしら、ねえ。
人間って、どんなに時代や文明が進んでも、
なかなか変われないものかも知れません。
「神妙に、・・いたせませぬ!」というものの中に、
本当の人間がうごめいてる、そんな気がしてなりません。