http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/10/16/se-67/

【施 光恒】デフレ下で金を使わせる方法
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投稿日: 2015/10/16
From 施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学
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おっはようございま~す(^_^)/

先日、地元・福岡の某テレビ局からコメントを求められました。福岡市が起業を応援するために開設した「スタートアップカフェ」が一周年を迎えるので、それについてコメントしてほしいということでした。

以前、このメルマガや新聞のコラムで、開業率アップを目標とする福岡市の試みについて、批判的意見を書いたことがありますので、そういう依頼が来たのでしょう。

現在、起業をあおり、開業率アップを図るというのが、行政のブームみたいですね。国も「成長戦略」の一環として開業率向上やベンチャー支援を目標の一つに挙げています。福岡市は、国家戦略特区構想に選ばれ、起業の多い街づくりを目指すということで「創業特区」を掲げています。具体的には、平成30年までに開業率13%(現在の倍)の達成を目指しています。

しかし私は、こうした国や福岡市の施策に疑問を感じています。

現在は、まだデフレ脱却にいたっていません。賃金の低下や雇用の不安定化のため、多くの人々は、将来の見通しが立たず、お金を安心して使えない状況にあります。そのため、需要不足が慢性化し、デフレ不況に陥っています。

実際、大企業でさえ、よい投資先を見つけ出せないため、利益を再投資せず、内部留保としてため込まざるを得ない状況です。ここ数年、日本企業の内部留保は、毎年、史上最高額を更新しています。

「企業の内部留保、最大313兆円-4―6月法人企業統計」(『日刊工業新聞』2014年9月2日付)
http://www.nikkan.co.jp/news/nkx1520140902abav.html

つまり大企業でさえ、国内市場の現状は、投資機会が見つけにくく、稼ぎにくいと判断しています。

それなのに、福岡市をはじめとする近年の行政は、「スタートアップ」「創業」「アントレプレナーシップ」「インキュベーション」「第二のゲイツ、ジョブズを目指せ!」などという意識高い系(?)の言葉をしばしばならべ、素人の起業をあおります。
ヾ(`・∀・´)ノ イノベーション!!

デフレ不況の市場で起業しても、おそらく多くは失敗に終わります。行政が不況のときに起業を奨励するのは少々無責任ではないでしょうか。事業に失敗し、借金を背負い途方に暮れる人を数多く生み出すわけですから。

意地悪にとらえれば、デフレ不況にもかかわらず、国や自治体が起業を奨励するのは、本来ならば、政府が財政を拡大し、適切な公共投資をしなければならないのに、新自由主義のドグマにとらわれているため、それをしないからかもしれません。

つまり、本来、政府が公共投資を行い、とにもかくにも景気回復をはかるべきなのに、そうせず、「スタートアップ」などの甘言を弄して、民間人(商売慣れしていない素人も少なくありません)に投資を肩代わりさせているわけです。なんかインチキくさいですよね。

そもそも、デフレ不況のときは、民間の企業や個人は、合理的に考えれば、お金をなるべく使おうとしません。タンス預金しておくことが一番合理的なのです。デフレのときに支出を増やし、経済を再び稼働させるきっかけを作る主体は政府しかありえません。

ですが、新自由主義は、「小さな政府」を標榜し、緊縮財政を旨としますので、不況時でも財政拡大による景気刺激策に消極的です。

その代り、新自由主義の影響下にある政府は、さまざまな、あまり真っ当ではない手法を使って民間に金を使わせようとします。

起業を礼賛し、「開業率」アップを目標として設定するという手法以外にも、いくつかあります。

例えば、デフレ不況下でも稼ぎやすい領域、つまりエネルギーや医療、食(農業)、教育、雇用(労働)などの国民生活の基盤にあたる領域の規制を緩和・撤廃することにより、ビジネスに開放するという手法です。

例えば、安倍首相は、こうした領域の「岩盤規制」を「私自身がドリルの刃になって打ち抜いていく」と繰り返し演説しています。

「「最大の挑戦は経済」=米投資家にアベノミクスPR-安倍首相」『時事ドットコム』(2015年9月29日配信)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201509/2015092900998

エネルギーや医療、食(農業)、教育、雇用(労働)などの領域は日常生活を送るのに必要不可欠なので、人々は、不況であってもお金を使います。したがって、この領域は、不況下であっても確実に稼げる、ビジネスの観点からすれば、大変オイシイ領域なのです。

新自由主義は、この領域を自由化し、民間(外資含む)からの投資を呼び込もうとします。しかし当然ながら、これもあまり真っ当な政策とは言えません。

エネルギーや医療、食(農業)、教育、雇用(労働)などの分野は、直接的に市場原理を導入することは望ましくないと長らく考えられてきた領域です。いわゆる「社会権的基本権」を人々に確保するために、市場原理に直接は任せず、政府が規制・監督するようにしようと徐々に定められてきた経緯があります。

そうした経緯を軽視し、ここを市場化してしまえば、国民生活の基盤が大きく揺らぐのはまず間違いありません。

デフレ下で一般の人々にお金を使わせる他の手法として、カジノの設置も挙げられます。

デフレ下では合理的な人はあまりお金をつかわないものですが、カジノのような中毒性のあるものであれば、合理的判断とは関係ありません。カジノでは、なかばギャンブル中毒と化した人々が多額の金を落としてくれます。

カジノというと抵抗も多いので「統合型リゾート」と最近では言うようですが、これもデフレ不況下で人々に金を使わせる、真っ当ではない手法にほかなりません。

年金積立金のような公金を株式市場に送り込み、株高を演出するというのも、民間人(この場合は株の売買ができる恵まれた層に限られますが)に金を使わせる手法の一つでしょう。

また、移民や外国人労働者を引き込むというのも、需要を増やす有力な方法だと言えます。

起業礼賛、社会的インフラの市場開放(「岩盤規制の打破」)、カジノの設置、年金積立金の株式市場への投入による株高の演出、移民や外国人労働者の受け入れなど、どれも無理がある、少々インチキくさい手法に思えます。人々の安定した生活を脅かし、中・長期的に見れば国民経済を毀損する恐れのある手法です。

デフレ不況下では、本来、政府以外の経済主体はお金を使わないのが一番合理的であるのに、それをごまかし、人々に金を使わせ、需要不足を強引に補うために、政府は、真っ当さを失いつつあるのではないでしょう。

こういうインチキくさい政策を用いるのではなく、やはり政府が公共投資や雇用対策をきちんと行い、社会的インフラの整備や補修をし、人々の生活の安定化を図りつつ、デフレギャップを埋める、そして個人や企業が合理的判断に基づき、安心して継続的に金を使おうという気になる環境を作る。そうした真っ当な道を歩むべきでしょう。

行政が、デフレ不況下にもかかわらず、素人をそそのかしてベンチャーの時代だからスタートアップカフェで人材マッチング!とか言っていたり、首相自らが国民の「社会権的基本権」の基盤を削るためのドリルになるゾ!とか演説したり、議員の多くがカジノは新しいエンターテイメント!とか口にしたりしているのを聞くと、なんか亡国のときが近づいてきているように感じます…
(-_-;)