??????
売られた17歳の可憐な酌婦、田口タキへの恋愛が影響していると言われています。小料理屋でタキを見初めるや、 闇があるから光がある。闇から出てきた人こそ一番本当に光のありがたさが分かるんだ。いつかこの愛で完全にタキちゃんを救ってみせる。 なる熱烈なラブレターを送ったという多喜二。中産階級の女に絶望した彼は、苦界に生きる清純な美女にあるべき純愛を見いだしたのかもしれません。「龍介の経験」が発表されたのは1925年4月ですが、その年の12月には借金までしてタキを身請けし、翌年4月に自分の家に住まわせています。しかし自分の教養のなさに引け目を感じたタキは半年で家を飛び出してしまいます。あるいは苦労人の彼女にとって、文学青年の一途な思いが重荷だったのかもしれません。何しろ「よい歌だから覚えなさい」と85%の短歌に○印をつけた『一握の砂』をプレゼントされたそうですから。相変わらず重たかったのね……。
everybody gone a-menn
おくやみ・訃報
- 元帝人副社長の松崎匡男さん死去 (07:27)
- バー経営しながら水俣病患者支援 若槻菊枝さん死去 (19:35)
- 京セラ元会長、中村昇さん死去 (19:15)
- 元三菱樹脂常務、岡山尚志さん死去 (19:02)
- 元日立造船副社長、岩田光夫さん死去 (18:49)
- 元川崎汽船社長、熊谷清さん死去 (18:49)
- 文化勲章受章の林忠四郎京大名誉教授死去 天体核物理学
(14:16) - 東大大学院教授の門脇俊介さん死去 (20:55)
- 元ウイルス肝炎研究センター長・西岡久寿弥さん死去 (21:14)
- 「チャンバラトリオ」の南方英二さん死去
(11:29)
田口タキさん(1930年前後に撮影)
多喜二はタキさんに何通も手紙を書いており、「闇があるから光がある」という一節は有名だ。タキさんは多喜二に結婚を申し込まれたが、愛しながらも身をひいたとされ、戦後に別の男性と結婚した。
蟹工船
多喜二は小説『蟹工船』を機関誌に発表して反響を呼び、機関誌、単行本とも発売禁止処分となった。 昭和五年三月、多喜二は小樽から上京する。中野に下宿し、翌月上京した田口タキと同棲を始めた。五月、中野重治らと関西巡回講演中、共産党への資金援助の疑いで拘束され、釈放されるものの、帰京後、再検挙され、治安維持法違反で起訴された。『蟹工船』に描かれた個所に対しては不敬罪で追起訴、豊多摩刑務所に入れられ、六年一月に出所した。 ここで田口タキとの恋愛を振り返っておきたい。というのは、多喜二という人間の本質がそこによく表れていると思うからである。 タキは小樽入舟町の小料理屋の酌婦だった。酌婦とは私娼、客を店の二階に招いて売春する。十人家族の長女だった彼女は、室蘭の銘酒屋に売られ、父の死後、小樽に転売されてきていた。 銀行員の多喜二は当時十六歳の美貌で薄幸のタキに店で出会い、ちょくちょく顔を出すようになる。彼はタキを自由の身にして一緒に暮らせないかと願う。 タキ宛の最初の手紙で多喜二はこう宣言する。「『闇があるから光がある』/そして闇から出てきた人こそ、一番ほんとうに光の有難さが分るんだ。(中略)僕は本当にこの強い愛をもっている。安心してくれ。頼りないことだけれども、何時かこの愛で完全に滝ちゃんを救ってみせる」 多喜二は、タキのために五百円の大金を借金などで工面し、店に支払って救い出した。自宅に住まわせるのだが、タキは姿をくらます。彼女は多喜二が東京に出て文筆で身を立てたいと知っていたため、自分や自分の家族が荷物になりたくなかった。 ……上京後、二人はしばらく一緒に暮らすが、多喜二の投獄、地下生活などで結婚には至らなかった。現実の冷たい壁の前に、愛と希望の灯ははかなく消えた。 昭和八年二月二十日、多喜二は同志と二人、共産青年同盟の青年に会うべく赤坂の飲食店に行くと、青年の姿はなく、築地警察署の特高刑事が待ち受けていた。青年は検挙された際、警察のスパイになっていたのだ。 署での取り調べで多喜二は底冷えの中まる裸にされ、三時間以上、殺意のこもった拷問を受けた末、監房に投げ込まれた。「苦しい。ああ、苦しい。……息が出来ない」。夜七時四十五分、警察署裏の病院で絶命する。 その拷問の跡が生々しい遺体写真二枚が残っている。両太股や背中、尻、太股裏側が塗りつぶしたように内出血で黒ずみ、パンパンに膨れ上がっている。 心臓麻痺と発表された遺体は、どこの病院からも解剖を断られた。病院側が官憲の目を恐れたのだ。
北海道小樽市立小樽文学館
小林多喜二の恋人死去、102歳 田口タキさん 小説「蟹工船」で知られるプロレタリア作家小林多喜二(1903~33年)の恋人だった田口タキさんが6月19日に亡くなっていたことが12日、分かった。親族が北海道小樽市立小樽文学館に寄せた書状では、タキさんは102歳だった。 同文学館によると、小樽市の飲食店で働いていたタキさんは16歳の時、銀行に勤めていた多喜二と出会って交際を始め、一時は同居生活を送った。多喜二は特高警察の拷問を受け死亡。タキさんは別の男性と結婚した。 多喜二の作品にはタキさんに似た貧しい境遇の女性を主人公にした小説もあり、全集にはタキさんにあてた手紙が収録されている。


