東日本大震災:発生から50日、記者が見た「今」 段階的な支援必要 /鳥取 | ブログアフィリエイトを実践して1ヶ月で5万円を稼ぐ為の力

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 東日本大震災の被災地取材のため、私は発生1カ月後の4月12日から2週間、宮城県に入った。福島県との県境にある山元町を中心に被災者らから話を聞かせていただく中、震災直後とは異なり、支援の仕方は当初とは変わりつつあると痛感した。29日は震災から50日目。被災地の「今」を伝えたい。【遠藤浩二】
 
■津波の跡
 山元町の人口は約1万6700人。海岸には約6・2メートルの防波堤が南北に約10・7キロ続いていたが、津波はそれを乗り越え、757人の死者・行方不明者が出た(27日現在)。海岸から1・5~2・5キロほどの範囲で広がる平野部は、今も一面にがれきの山が続く。住民に聞くと、「震災直後は遺体が点在していた。墓地の骨つぼもすべて流れた」という。
 一方、津波が押し寄せなかった場所では建物の損壊はほとんどなく、電気も水も通っている。地震ではなく、津波が残した被害の甚大さが印象的だった。
 
■危機管理
 海岸から約300メートルのところに町立中浜小がある。津波により内部は破壊されたが、校舎自体は倒壊しなかった。児童と教職員らは迅速に屋上へ避難して津波が通り過ぎるのを待ち、翌日、全員が無事に救助された(26日朝刊社会面参照)。
 犠牲者を1人も出さなかった背景に何があったのか。井上剛校長に話を聞くと、震災2日前に三陸沖でマグニチュード7・3の地震が起きた際、学校の危機管理マニュアルを再点検したという。「情報収集を誰がするか、津波警報が出た場合どうするかを、その日のうちに職員と話し合いました」。同町では停電になったり、町の防災無線が鳴らなかった場所があり、津波の到来を知らなかった人もいる。情報収集手段や避難場所の事前確認を怠らないという危機管理意識の高さが、児童の命を救った。

 ■避難所
 私が取材した時、すでに県南部の名取市、亘理町、山元町などの避難所の物資は充足している状態だった。食料、飲料水、衣服は山のように積まれ、発生当初のように物資不足を嘆く避難者はほとんどいなかった。
 ところが、支援物資が全国から届けられていることについて、商店主の一人は「これだけ物があると、地元の服、食料品、本などの商店は成り立たない」「地域経済を取り戻すためには、地元でお金が回ることが必要」と訴えた。今後の支援のあり方を考える上で、大事な指摘だと思う。
 一方、物資不足が解消された半面、今度は「食事の配ぜんを手伝わない人がいる」「いつになったら仮設住宅はできるんだ」など、長引く避難生活のストレスに伴う不満が出るようになっていた。これらの声の受け皿になっていたのが、行政の職員だ。多くの職員は不休で働いているが、山元町の岩佐孝子生涯学習課班長は「役場の職員は4人が亡くなった。役場前に遺族が車で遺体を運んできてくれましたが、業務に追われて最後のお別れもできませんでした」と、涙ながらに話した。
 行政職員も家や家族、同僚を亡くした被災者だ。職員のメンタルケアも必要になってくると感じた。
 
■鳥取の役割
 被災地から求められている支援は、人や物資を可能な限り送るという震災初期の段階から、確実に変わっている。鳥取県としては、復旧・復興の段階に見合った支援を長期的に行うことが必要だ。
 宮城県では、仙台市の中心部など海岸部を除いた地域の街並みは震災前とほとんど変わらない。県民としても、被災地で生産された物を購入したり、自粛ムードに陥らずに観光で東北地方に足を運ぶなど、できることをやれば復興支援につながると思っている。

4月29日朝刊



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