-北海道とはつくづく特殊な場所だなあと思う。
北海道は自己紹介における鉄板のようなもので、たいていの場合において出身が北海道であることを伝えると何かしらのリアクションが返ってくる。きっとリアクションしやすいのだろうし、もしくは本当に驚いているのかもしれない。いずれにせよ、東京に来てからそのような自己紹介を何度か繰り返してきて、僕の気が良くなってきているのは事実である。こちらとしても、その自己紹介が鉄板であることは重々承知しているので、相手のリアクションを見越しての「北海道出身です」なのである。だから、僕の「北海道出身です」とそれに対するリアクションで1セットだ。それらは必要十分条件なのであり、お互いに補足しあって成り立っているのだ。
そういうわけで、幼い頃から僕は飛行機に乗る機会が多かった。母方の実家が神奈川県にあるために、毎年夏冬に飛行機に乗った。初めて乗った感想など覚えてられるような歳ではなかったと思う。もしかしたら泣き喚いて、他の乗客に大迷惑をかけていたのかもしれない。とにかくそのくらい昔から僕は飛行機に乗っている。もちろん、下を潜って神奈川県に行くこともできただろうが、なにせ現実的ではない。一時間半上空にいさえすれば、勝手に東京に着くのだ。飛行機を選択しない手はない。
飛行機の乗車代というのも随分安くなったように思う。今なら最安で4200円程で東京から北海道に行けてしまう。飛行機代なんてものは、実際にその場所に行くことが現実的にならないまでは、なかなかいくらかだなんて調べないものである。だから、僕が毎回5000円くらいで北海道に行ってることをいうとみんな驚く。「夏とはいえ、結局は夏なんだから、北海道だって随分と暑いよ」、というと、それもまたなんだか冷蔵庫を開けて何も入っていなかったような顔をされて驚かれる。北海道について話すことはたまに疲れる作業だ。平坦な話ができない。
朝起きたら、雪が積もっていて、ドアが開けられないという話も驚かれるが、別にそれは北海道に限った話ではない。だけれどなんだか、北海道出身者にこそ話せる権利が与えられているような感じもする。雪にまつわる話は確かに豊富だ。はっきり言って、雪玉なんてある一定の段階でみんな作り飽きるから、よほどの付き合いがなければ、小学生ですら雪玉を投げない。あと、ほとんどの人が氷の上を歩くのがとても上手い。多分、カメラの手ぶれ補正機能と同じ原理なのだと思う。僕に関して言えば、走れる。JRも平常運転を忘れないし、車もゆっくりではあるがきっちりと走る。少しお金のある家の人はロードヒーティングと言って、地面が温めて、雪かきをする必要がない。

-僕の友達にも北海道に行きたいと言ってくれる人が何人かいるのだけれど、実際に僕が北海道の何を知っているかと言われれば何も知らなかった。函館と小樽くらいにしか行ったことが無かった。住んでいるところが札幌だから得しているところも多いのだけれど、結局のところ、いち都会だ。没個性。それでも、いくらか空が広く感じるのは偶然じゃないはずだ。なんだか北海道は空が広い。いや、東京が狭い。とにかく、なんだか僕には東京が住みづらくて、ずっとこの地に暮らしていこうだなんて正直な話これっぽっちも思っていない。楽しいことは楽しいし、便利だし、落ち着いて住もうと思えば、もちろん落ち着いて住めるはずなのだけれど、どうも馴染まない。おそらく、何かのナショナリズムみたいなものがあるのかもしれない。北海道に住んでいる人は、何かしらの理由をもって北海道に住んでいるんだと思うと、わりかし居心地がいい。

-飛行機でたまたま窓際の席に座った時は、疲れたら本を読むのをやめて、窓に額をくっつけて、空を眺める。北海道の輪郭みたいなものが見えないものかなと思ってはみるが、一体今見ている輪郭がどの部分なのかまるでわからない。雲の上の世界はとてつもなく綺麗だ。雲がまた、一つの大陸のようにお互いに重なって、光を秘めている。飛行機にいるときにしか見れない景色だから、やはり窓際に座ることはそれだけの価値があるのかもしれない。いろいろ遠慮しがちな性格なので、ときには通路側の方が割と安心なときもあるのだけれど。

-八月にまた帰ろうと思う。一ヶ月間くらい。できれば。
僕は北海道のことを実際にはよく知らない。だからいろんなところに行けたらいいかなと思う。ベタだろうがなんだろうが、富良野のラベンダー畑なんて行ったことない。多分場所に関わらず、ラベンダー自体を見たことがないのかもしれない。ご立派にラベンダーキャラメルや、ラベンダーソフトクリームなんてものをよく食べるのだが。

-カメラを最近買ったから、いろんなものを写真に撮るのも楽しいなと思った。もともと出不精なはずなのだけれど、家にいては被写体も限られる。写真好きと旅行好きは兼ねるものだ。とりあえず第一歩、飛行機のチケットを探してみようか。