お久しぶりです。このテーマいつぶりですかね。前回記事、四月とかだったりするんでしょうか。前回記事の締めに、また機会があれば書きます、みたいなこといった割にはかなり間空けてしまいましたが。
別に、書くつもりでパソコン開いたわけではなかったんです。だけど、ふらっとユーチューブで、僕が通ってた予備校、代々木ゼミナールの動画を見てね、なんだか色々思い出してしまって、久しぶりに書こうかなと思いました。
僕が浪人していたのは2011年度ですから、3年前のことになるわけですけど、この時期ってやっぱりそれなりにしんどかったのを覚えています。
僕は北海道に住んでいたのでね、朝起きると、基本的に無音なんです。もちろん、人や車もほとんど通らないってのもあるんですけど、雪がずっしりと地面を覆うことって、結構音を消すんですね。東京に住んでる人にはわかりかねる感覚だと思うんですけど。本当に、朝って無音なんです。
だいたい頑張って6時くらいには起きるわけです。それでお母さんが目覚めて朝ごはん作るまでの時間を目処に1時間半くらいまず勉強するわけです。足元が寒いので、電気ヒーターみたいなのを置いてね。眠気関係なく強制的に6時に目覚まし時計セットしてるわけですから、たまには死ぬほど眠くなって、机の上で突っ伏したりなんかしてね。壁には、早稲田大学合格、みたいな札張ってるわけですよ。懐かしい。
それで、朝ごはん食べて、シャワー浴びて、服着替えて、外に出るわけです。
この時期の北海道って、雪も降れば、風も強いってんで、顔面に強烈なものを浴びながら、バス停まで雪を靴ですくいながら歩くわけです。かなりしんどいですよ。
それで、なんとか札幌駅に向かって、予備校につきます。登録してる授業があれば、受けるし、なければ自習室にこもるわけですね。ちなみに僕は冬休みの間は、毎日予備校にいけるように、1日1コマ何か授業を入れてました。だから毎日あの鬼のようなコンディションの中予備校に通ってたわけです。
これ書きながら思うことですけど、やっぱり受験生って本当に強いですよね。別に、僕は周りと比べて誇れるほど頑張った方の人間ではなかったですけど、こんなに人間って頑張れるんだな、なんて思います。今、留学してるとはいえ、生活的には本当にヌルいんで、受験生時代を思い返すだけで、ものすごく身が引き締まりますよね。
でも、ほとんどの受験生が頑張ってる一方で、ダラダラと勉強してどんどん破滅の方向に向かってる受験生もいるわけですからね。いつか、受験戦争が必要か否か、について記事書いてみたいんですが、どちらにせよ、頑張った時期、っていうものの存在感ってその後の人生にすごい影響与えるんじゃないかなと思います。結局浪人しても、志望校には落ちましたし、100パーセントの力を出し切ったわけではありません。受験生活にも悔いはあります。でも僕、あのとき頑張った、って自分で胸張って言えますもん。浪人生の分際でふざけたこというなっていう人もいますけど、あれだけ一点に集中して人生送ってた時期なんて、確実にあの一年だけ、って僕声を大にして言えますよ。本当に勉強だけなんですよ、浪人生活って。現役生やっぱ羨ましかったですもん。予備校の中になんのドラマがあるんですか。自習室と食堂と教室とトイレの記憶しかないですよ。予備校でできた友達なんて一人もいませんでした。だいたい3ヶ月たったあたりからめんどくさくなってコンタクトじゃなくてメガネでずっと生活してましたしね。
でもね、僕、意外とあの一年間好きなんですよね。
数字って残酷な面ももちろんありますけど、だけど、数字を追いかけることって結構楽しかったですよ。ようはだから、本当に大学に片思いしてたわけじゃないですか。恋愛においても僕ね、基本的に片思い大好きなんですよ。追うのが好きなのかもしれません。確かに、色々辛かったですし、もう一度やれって言われたら、いやいや今の大学でいいわ、っていうでしょうけど、それでもあの特殊な空間、時期っていうのはなかなか楽しかったです。現役生じゃ味わえそうで味わえない感覚なんですよね、浪人生活っていうのは。同じもの味わってるようで、全然中身違うもの食ってるみたいなね。
だいたいこの時期だと、なんの勉強するんでしょうかね。きっとセンター対策でしょうね。英語は好きでしたよ。英語ほど安定してくれてた教科はなかったですからね。どんなにふざけて解いても160切ることない教科ですから英語は。だけど、他教科にはとことん苦しんだかな。早稲田目指してたとはいえ、北海道大学も同時に目指してたので、ちゃんとセンターで8割とりたかったのでね。生物とか大嫌いでしたけど、とにかく過去問ばっかり解いてました。黒本ね。受験したことある人なら、あの質感きっと、みんな忘れないでしょうね。あのペラペラサラサラの紙。ツルツルと黒光りしたあの表紙。そしてどっしりとした重量感。
話は戻りますけど、昼ごはんとトイレ以外は自習室にいるわけです。それで、夜ごはんなんですけど、食堂開いてないんで、近くのコンビニで肉まんとかブリトーとかおにぎり買って食べるんですね。あのころ、全コンビニの肉まん食べ比べててね、結局ファミマが一番嫌いで、セブンイレブンが一番のお気に入りだったわけですけど、まあそれで、ちょっと小腹もたせて、自習室が閉まる時間まで勉強していきます。それで、予備校を出て、また恐ろしい雪の世界へ出て行くと。でもだいたいこのくらいまで勉強頑張れた日って、充実感でいっぱいで、帰路はかなりテンション高いんですけどね。それで、9時半とかですかね、家について、お母さんのご飯食べるわけです。
すごい嬉しかったことは、お母さん、僕が帰る時間に必ずご飯合わせてくれてたんです。メールでやりとりしてね。もちろんときには早めに帰る日もありましたけど、「今日は最後までいるわ」ってなった日は、お母さん9時くらいまで食べないで待ってくれてました。母子家庭ってのもあるのかわからないですけど、考えてくれてたんですね。こういうことって本当に当時は気付けないんですよ。大人にならないと親の偉大さって本当に理解できないもんなんですね、不思議なことに。
僕の家庭は食事中テレビ流して食べる家庭でしたから、そのときの一時間くらいの間が唯一娯楽、というか。連続ドラマとかね、録画してたのその時間に流して、見るのがすごい好きでしたね。当時は、香里奈と大島優子と吉高由里子のドラマでしたっけ?あの時期じゃなかったかなあ。すごい好きでした。
それで、残念ながら、それが見終わったらまた、勉強再開なわけです。1時くらいまでですかね。それで、また翌朝起きる、と。
本当に、今の自分が何も頑張ってないんじゃないかってくらい、当時不思議なくらい勉強できてたんですね。片思いパワーはすごいなあ、というか。
調子に波あれど、さすがにセンター二週間前ならがっつりやれますよね。どきどきしてましたね、かなり。良いイメージしか描いてなかったですけど。理論値計算大好きでした。100パーセントの力を発揮すれば、9割のりそうだな、みたいな。そんな宝くじ当たった時の妄想と似てますね。
まあ、前回記事と違って、ただ自分がどういう浪人生活を送ってたかを綴った記事になってしまいましたけど、僕が浪人したのも大きくありますけど、僕は浪人肯定派の人間ですから、こうやって、3年前の自分と向き合って、今のなまけた自分の尻を叩くことができるわけです。
こちらの大学も冬休みが開けるのは、ちょうどセンター試験の日にちくらいの頃です。さあ、3年前の僕が頑張っていたのだから、その3年後の僕も頑張らなくてはならないな、という記事でした。

別に、書くつもりでパソコン開いたわけではなかったんです。だけど、ふらっとユーチューブで、僕が通ってた予備校、代々木ゼミナールの動画を見てね、なんだか色々思い出してしまって、久しぶりに書こうかなと思いました。
僕が浪人していたのは2011年度ですから、3年前のことになるわけですけど、この時期ってやっぱりそれなりにしんどかったのを覚えています。
僕は北海道に住んでいたのでね、朝起きると、基本的に無音なんです。もちろん、人や車もほとんど通らないってのもあるんですけど、雪がずっしりと地面を覆うことって、結構音を消すんですね。東京に住んでる人にはわかりかねる感覚だと思うんですけど。本当に、朝って無音なんです。
だいたい頑張って6時くらいには起きるわけです。それでお母さんが目覚めて朝ごはん作るまでの時間を目処に1時間半くらいまず勉強するわけです。足元が寒いので、電気ヒーターみたいなのを置いてね。眠気関係なく強制的に6時に目覚まし時計セットしてるわけですから、たまには死ぬほど眠くなって、机の上で突っ伏したりなんかしてね。壁には、早稲田大学合格、みたいな札張ってるわけですよ。懐かしい。
それで、朝ごはん食べて、シャワー浴びて、服着替えて、外に出るわけです。
この時期の北海道って、雪も降れば、風も強いってんで、顔面に強烈なものを浴びながら、バス停まで雪を靴ですくいながら歩くわけです。かなりしんどいですよ。
それで、なんとか札幌駅に向かって、予備校につきます。登録してる授業があれば、受けるし、なければ自習室にこもるわけですね。ちなみに僕は冬休みの間は、毎日予備校にいけるように、1日1コマ何か授業を入れてました。だから毎日あの鬼のようなコンディションの中予備校に通ってたわけです。
これ書きながら思うことですけど、やっぱり受験生って本当に強いですよね。別に、僕は周りと比べて誇れるほど頑張った方の人間ではなかったですけど、こんなに人間って頑張れるんだな、なんて思います。今、留学してるとはいえ、生活的には本当にヌルいんで、受験生時代を思い返すだけで、ものすごく身が引き締まりますよね。
でも、ほとんどの受験生が頑張ってる一方で、ダラダラと勉強してどんどん破滅の方向に向かってる受験生もいるわけですからね。いつか、受験戦争が必要か否か、について記事書いてみたいんですが、どちらにせよ、頑張った時期、っていうものの存在感ってその後の人生にすごい影響与えるんじゃないかなと思います。結局浪人しても、志望校には落ちましたし、100パーセントの力を出し切ったわけではありません。受験生活にも悔いはあります。でも僕、あのとき頑張った、って自分で胸張って言えますもん。浪人生の分際でふざけたこというなっていう人もいますけど、あれだけ一点に集中して人生送ってた時期なんて、確実にあの一年だけ、って僕声を大にして言えますよ。本当に勉強だけなんですよ、浪人生活って。現役生やっぱ羨ましかったですもん。予備校の中になんのドラマがあるんですか。自習室と食堂と教室とトイレの記憶しかないですよ。予備校でできた友達なんて一人もいませんでした。だいたい3ヶ月たったあたりからめんどくさくなってコンタクトじゃなくてメガネでずっと生活してましたしね。
でもね、僕、意外とあの一年間好きなんですよね。
数字って残酷な面ももちろんありますけど、だけど、数字を追いかけることって結構楽しかったですよ。ようはだから、本当に大学に片思いしてたわけじゃないですか。恋愛においても僕ね、基本的に片思い大好きなんですよ。追うのが好きなのかもしれません。確かに、色々辛かったですし、もう一度やれって言われたら、いやいや今の大学でいいわ、っていうでしょうけど、それでもあの特殊な空間、時期っていうのはなかなか楽しかったです。現役生じゃ味わえそうで味わえない感覚なんですよね、浪人生活っていうのは。同じもの味わってるようで、全然中身違うもの食ってるみたいなね。
だいたいこの時期だと、なんの勉強するんでしょうかね。きっとセンター対策でしょうね。英語は好きでしたよ。英語ほど安定してくれてた教科はなかったですからね。どんなにふざけて解いても160切ることない教科ですから英語は。だけど、他教科にはとことん苦しんだかな。早稲田目指してたとはいえ、北海道大学も同時に目指してたので、ちゃんとセンターで8割とりたかったのでね。生物とか大嫌いでしたけど、とにかく過去問ばっかり解いてました。黒本ね。受験したことある人なら、あの質感きっと、みんな忘れないでしょうね。あのペラペラサラサラの紙。ツルツルと黒光りしたあの表紙。そしてどっしりとした重量感。
話は戻りますけど、昼ごはんとトイレ以外は自習室にいるわけです。それで、夜ごはんなんですけど、食堂開いてないんで、近くのコンビニで肉まんとかブリトーとかおにぎり買って食べるんですね。あのころ、全コンビニの肉まん食べ比べててね、結局ファミマが一番嫌いで、セブンイレブンが一番のお気に入りだったわけですけど、まあそれで、ちょっと小腹もたせて、自習室が閉まる時間まで勉強していきます。それで、予備校を出て、また恐ろしい雪の世界へ出て行くと。でもだいたいこのくらいまで勉強頑張れた日って、充実感でいっぱいで、帰路はかなりテンション高いんですけどね。それで、9時半とかですかね、家について、お母さんのご飯食べるわけです。
すごい嬉しかったことは、お母さん、僕が帰る時間に必ずご飯合わせてくれてたんです。メールでやりとりしてね。もちろんときには早めに帰る日もありましたけど、「今日は最後までいるわ」ってなった日は、お母さん9時くらいまで食べないで待ってくれてました。母子家庭ってのもあるのかわからないですけど、考えてくれてたんですね。こういうことって本当に当時は気付けないんですよ。大人にならないと親の偉大さって本当に理解できないもんなんですね、不思議なことに。
僕の家庭は食事中テレビ流して食べる家庭でしたから、そのときの一時間くらいの間が唯一娯楽、というか。連続ドラマとかね、録画してたのその時間に流して、見るのがすごい好きでしたね。当時は、香里奈と大島優子と吉高由里子のドラマでしたっけ?あの時期じゃなかったかなあ。すごい好きでした。
それで、残念ながら、それが見終わったらまた、勉強再開なわけです。1時くらいまでですかね。それで、また翌朝起きる、と。
本当に、今の自分が何も頑張ってないんじゃないかってくらい、当時不思議なくらい勉強できてたんですね。片思いパワーはすごいなあ、というか。
調子に波あれど、さすがにセンター二週間前ならがっつりやれますよね。どきどきしてましたね、かなり。良いイメージしか描いてなかったですけど。理論値計算大好きでした。100パーセントの力を発揮すれば、9割のりそうだな、みたいな。そんな宝くじ当たった時の妄想と似てますね。
まあ、前回記事と違って、ただ自分がどういう浪人生活を送ってたかを綴った記事になってしまいましたけど、僕が浪人したのも大きくありますけど、僕は浪人肯定派の人間ですから、こうやって、3年前の自分と向き合って、今のなまけた自分の尻を叩くことができるわけです。
こちらの大学も冬休みが開けるのは、ちょうどセンター試験の日にちくらいの頃です。さあ、3年前の僕が頑張っていたのだから、その3年後の僕も頑張らなくてはならないな、という記事でした。
