今回は日本の英語教育について語ろうと思う。パート2だね。前回記事はこれ『日本の英語教育はしょうもないからやっぱり留学行ったほうがいいかもね』
この記事ではいつもよりまじめになろうと思う。冗談は多分言わない。僕はこのブログの大体においてふざけすぎる。
また、少しばかり専門的になるかもしれない。だけれど、このブログはある種、僕の個人的な備忘録のような役割を果たしているから、今ある程度形となって頭の中にあるうちになんとか言語化しておきたくなった。それと、この記事は僕が将来的に英語教師になろうと思っていることを考慮して読んでくれるととてもありがたいです。環境的に英語教育について考えることが比較的多いのです。生意気いうかもしれませんが、こんなこといえるのも今の学生時代の内だけなような気がして・・・・・・。

英文和訳というものがある。これは英語という受験科目の問題形式の名前である。数行の英文が書かれてあり、それを日本語に和訳せよ、ということである。大体、採点形式としては、文法を取り違えたり、単語を正確に訳せなかったりすると、その都度減点されていくという感じである。

いきなりだけど、入試に英文和訳いる?
なんてことを僕は数分前に急に頭の中に浮かんだのだ。やはり僕は選ばれし人間なのかもしれない。きっと僕以外の誰も、ボサボサの頭で部屋着にくるまれたまま、適当にコーヒーを飲んでいる瞬間に「英文和訳いらなくね?」なんて突然と思う人はいないだろう。

というわけでこの記事では僕が好き勝手に英語教育の改革案を提示していく。それではさっそく。

<英文和訳を廃止せよ>
一体全体英文和訳は誰にとって意味があるのかと本気で思った。もちろん僕は大学受験のときに何百という英文和訳問題を解いてきたはずだ。そのときはその存在意義についてなど一寸も考えたことはなかったが、立場が変わると考えも変わる。僕はこの先、教えられる側から、教える側につくからだ。
はっきりいって、英文和訳問題で得をするのは、将来翻訳者になる人間だけなのではないかと思う。それでは英文和訳の何がダメか述べていこう。

・日本語能力も同時に試されている点
英文和訳は日本語がうまくないと点数が取れない。これはもちろん採点形式にもよるだろうが、与えられた文章を正しい日本語にするわけだから、大量の日本語訳のストックが頭の中になくてはならない。「not only but also」でもなんでもいいが、そんな構文と呼ばれるフレーズに「~だけでなく、~も」と訳をまるで表裏一体のように当てはめる。英語の方を左足とするならば、日本語を右足の靴とするみたいに。
そんなことに果たして意味はあるのだろうか。意味があるのはやはり翻訳者だけなのではないか。
英語を読むことは、頭の中で日本語に直して読むということではない。これは英語教育にとって非常に大事なことであると僕は思っている。つまり、「This is a penはThis is a penでしかない」のだ。This is a penと言われたらThis is a penと理解するのが、英語を聞くことであり、英語を喋るということなのである。
ここまでのことを簡単にいえば、文章を読むときに必要なことは文意が理解できればいいというだけで、それをさらに正確な日本語訳に変換する必要は、まったくの無駄だということだ。「この文はこういうことを言っている」という理解が大切だと思う。
じゃあ、英文和訳で試せる技能を全て見捨てるのか?と問われたとしよう。確かに、英文和訳が試せる技能はいくらかある。「単語覚えていますか?」「この文法知っていますか?」「前後の文意に即して訳せますか?」などといったところだと思うけれど。僕の答えは「だから、日本語に訳す必要はないだろっての」である。単語、文法、文意の読み取りなんてものは、他の方法でいくらでも確かめられる。英文和訳を出すぐらいなら、その分長文問題で、これらを試せる問題を増やすべきだ。

・英文和訳が何をダメにするのか
これは、僕が先ほど述べた、英語日本語表裏一体論である。「not only but also」ときたら「~だけでなく、~も」みたいな型にはまった教育法ではいつまでたっても、「This is a penがこれはペンです」に聞こえてしまう。英語は英語なのだから、日本語から切り離さなくてはならない。英文和訳はまるでアロンアルファかのように、英語と日本語をくっつけて考える思考回路を促進するにすぎない。
さて、このように、日本語と英語を離そうと思えば、いくらでも改革案は出てくる。

・和文英訳をやめて、自由英作文のみにせよ
和文英訳を廃止する理由はまさしく、英文和訳を廃止するのと同様、日本語との繋がりをなるべく避けるためである。僕が留学して思ったのは、英語を喋るのは頭の中が英語になっていないと絶対にできないということである。「お腹が空いたので、ハンバーガーが食べたいです」と言いたいから、「I want to have a hamburger because I'm hungry」と言うのではなく、「I want to have a hamburger because I'm hungry」と思うから、そう口にするのである。「英語を英語のまま理解する」とよく言われるのはつまりそういうことなのだ。日本語とくっついたままではいつまでもたどたどしい遅い英語を喋ってしまうことであろう。
そこで大事なのが自由英作文である。生徒は日本語に縛られず文章を書くことができる。もし、文法も確かめたければ、「when, which, whatを用いた文を入れなさい」などと制限をつけてあげればよい。

・単語テストをdefinition(定義)の穴埋め形式にせよ
・英英辞典の必修化
本屋にいけば単語帳が何種類も積み重なって置かれている。あの単語帳をみているとやはり、日本人は英語とずっと付き合っていく意思はないのだなと感じぜずにはいられない。きっとほとんどの単語帳が、試験に受かればお役御免となってブックオフ行きなのだろう。
たしかに単語はとても大事だ。いや、英語と付き合うさいに、間違いなくダントツで一番大事だと思っている。だけれど、その単語の覚えていくさいにやはり、今のままではいくらか不都合がうまれてくる。僕が言いたいのは「英和辞書式単語帳の廃止」である。「apple」と書かれて、その横に「りんご」と日本語が書かれているようなタイプの単語帳のことである。もちろん例文もくっついていたり、5文字程度のフレーズが書かれていたり、語法上の注意などいろいろと単語帳は工夫を尽くしているわけだが、根本的に変えるべきところがあると僕は思っている。
definition(定義)である。appleの横に書くべきことは「りんご」ではなく、英語で書かれたdefinitionであるべきなのだ。そしてdefinitionの次に大事なのはsynonym(類義語)である。このdefinitionとsynonymが単語を覚える際にもっとも必要なことである。例えば、「repeal」という単語がある。英検一級レベルの単語である。
僕の思う理想的な単語帳の形式をこのrepealという単語を使って説明したい。こんな感じだ。

単語 repeal 定義to revoke or withdraw formally or officially 類義語 abolish

こんな感じで連ねるべきだ。

だが売れない。これではまったく売れない。そんなことはわかっている。なぜなら、定義に書いてある単語、類義語に書いてある単語をぼくたちは知らない場合があるからだ。その場合repealの意味は謎のままである。だからこそ、僕の考える単語帳では、日本語の意味も書く。だが大事なのは位置だ。定義、類義語の後に記載する。つまりこういう感じ。

・repeal to revoke or withdraw formally or officially/ abolish/ 廃止する

どうだろうか。これで、repealの意味が廃止するということが誰の目にもわかるだろう。(皮肉か)だけれど、廃止する、という日本語の前に僕たちは定義と類義語を先に読む必要がある。この順番が単語帳には大事だと思う。今市場に出ている単語帳でこの形式をとっているものは無いと思う。この形式をとることで、より一層英語を英語で理解することにつながると思う。

さて、というわけで、これを使った単語テストの話だ。学校に通っていれば、必ず単語テストを行うこととなる。だけれど、そのどれもが、「日本語が書かれていて英語が空欄のタイプ」もしくは「英語が書かれていて日本語が空欄のタイプ」ばかりだ。だから、何回も言っているけど、これだといつまでたっても「This is a penがこれはペンです」に聞こえてしまうんだっての!!
僕がやる単語テストではそういう形式をとらない。生徒には単語のdefinition(定義)を書かせる。もしくはsynonym(類義語)を書かせる。だけれど、現実的な話をすれば定義を書かせると文法がめちゃくちゃでしょうもないことになってしまうかもしれない。だから、その点を考慮して、definitonを書かせる場合には穴埋め形式の解答方法をとる。

こんな感じ。

・attitudeー(opinions) and (feeling)
・expandingー(increasing)
・constructー(create) or (build)

・strategyーa (plan) used to (achieve) a goal
・alertー(watching) and (listening) carefully
・imaginationーthe ability to (form) (creative) (ideas) in your (mind)

前半が類義語タイプで、後半が定義タイプである。
僕はこの単語テストを習慣化したほうが、確実に英語を読むスピードははやくなり、まともな英語をスラスラと喋れるようになっていくと思う。なぜならば、constructと言いたいときに、createといってもいいことがわかるからだ。いろんなチョイスを持つべきである。これは本当に不思議なことなのだが、createは「創造する」と多くの単語帳に書かれているのに対して、constructは「構成する」と書かれていたりする。よく考えれば、どっちでもいいような気がするが、誠に残念なことに、別の日本語で覚えてしまうと、まったく違う単語のように認識してしまうのだ。たしかに厳密には違うかもしれない。完全に同じ性質の単語なんてものは少ない。それでも、日本語で覚えるよりかははるかにマシである。createは「創造する」でconstructは「構成する」と頭に染み込んでしまっては、もう柔軟に英語を使うことは困難になる。
この単語テストを行うためにも、学校は英英辞典を必ず学生に持たせるべきである。絶対にそのほうがいい。そうすれば、前もってリストを作っておけば、定義の穴埋めテストも可能となる。

<現実を憂う>
こんなわけで、好き勝手語ったが、実のところまだ語り足りない。
それに残念ながら僕の主張は全て理想論に過ぎず、ほとんどが現実的に実現が難しい。「単語帳改革案」はなんとかなりそうだし、単語テスト改革もなんとかなりそうだけれど、システムを変えるのは相当に根気のいることである。長い文章を読ませて、それに対する意見を自由英作文で答えさせるのが結局のところ一番理想的な試験形式だと個人的には思っているのだけれど、採点にどれだけの負担がかかるのか、そしてそれに対策を行えるだけの力がいまの英語教師にあるのか、という点。本当にシステムというのは圧倒的なものなのだ。大人になるにつれわかってきた。

実のところ、僕がこの記事で語ったことのほとんどは留学先のESL(語学学校)の授業形式を参考にしている。自慢じゃないが、伊達に教師になろうと思って留学をしていない。単に英語を学ぶだけでなく、僕はなるだけ彼らの授業法も積極的に盗もうとしてきたのだ。
彼らの授業法は本当に目からウロコだった。この授業法を続けていれば、絶対に英語は伸びると思った。授業は全て英語だし、教科書も英語だし、単語の意味も英語だ。
じゃあ、真似しようと思って簡単にできるかといえば、まったくできない。
授業を英語で行える力を持つ教師はほとんどいないし、教科書は日本語だし、単語帳も「英和辞書式」だ。

はっきり言ってこのことに考えを巡らせれば巡らせるほどうんざりしてくる。いったい僕はプロジェクトXの出演者にでもなるつもりなのだろうか

それでも一つこのような形で考えをまとめられることができた時点で僕は留学に感謝している。少なくとも僕は胸を張って学生たちに留学をすすめられることができるからだ。「お前らすまんかった。これが限界なのだ。だからこそ君らは留学しなさい」そんなことを言って、みんなが首を縦に振る、そんな学級づくりなら、僕一人にもできるはずだ。