人を見た目で判断してはいけない。
もし100人中100人が「あいつの名前はボブだろう」と思うほどに僕がボブの顔をしていたとしても、僕の名前はボブではないし、僕の母国語は日本語である。
僕が筋骨隆々でたくましい胸板を持ち、タンクトップを着こなし、チリチリの髪の毛で、右肩にラジカセを背負って歩いていたとしても、決して僕の名前はボブではない。
つまりはそういうことだ。
なんとも興味深いことに、僕の留学先の大学では、日本語を喋る外国人が結構いる。もちろん僕が日本人文化交流サークル、みたいなところに所属しているからなのだけれど。
彼らは明らかにトニーっていう顔をしているし、クリスって顔をしている。だけれど口を開けばペラペラと日本語を喋ってしまう。もちろん母国語は英語だ。
僕は今、そういう人たちに大いに助けられて生きている。
買い物に一緒に行ったり、宅飲みをしたり。
僕が彼らと会話をするときは基本的には英語だ。だから当然、うまく伝わらないこともある。
普通ならば、それで終わりだ。「はぁ?」って顔をされて終わりだ。(トラウマに近いものがある)
だけれど、彼らは違う。なぜなら日本語がわかるから。僕がサル並みの英語でぐだぐだやっていると、なんとかジェスチャーで感じ取ってくれて、「あ~ソバのことね」とガチの日本語で伝わってくれる。
これほど会話していて心強い外国人はいない。
困ったときのライフラインが用意されている。
それに彼らと会話していて、一番嬉しいことは、スラングを学べるということだ。
shit だとか suck だとか fuckだとか、まああんまり大きな声で言わない方がいいような言葉のことだ。だけれど、若者たちの間ではそんな言葉が結構な頻度で飛び交うし、スラングこそネイティブの証、みたいなところもあるのはまた事実。
彼らはスラングをしっかりと日本語に置き換えて説明してくれる。
「あ~それは、うんこ、ってことね」。
「suckってなに?」って英語で聞いたら、「サイテーって意味」とガチの日本語で返ってくる。
そういえばクリスが「マクドナルドは、うんこ」と言ってたのを思い出した。
彼らの中には村上春樹が好きな奴もいて、めちゃめちゃ感動したのを覚えている。村上春樹に感謝である。村上春樹が僕らの間に共通の話題を造り出したのだから。
彼らも日本語を勉強していて、僕らは英語を勉強している。
つまり、僕らが会話することはこれ以上ない相乗効果を生むのだ。
彼らは本当にいかにも英語しか喋れないような顔をして、ペラペラと日本語を話しだす。本当に人は見た目で判断してはいけない。いいかい、アメリカではそれはナンセンスなんだ。

もし100人中100人が「あいつの名前はボブだろう」と思うほどに僕がボブの顔をしていたとしても、僕の名前はボブではないし、僕の母国語は日本語である。
僕が筋骨隆々でたくましい胸板を持ち、タンクトップを着こなし、チリチリの髪の毛で、右肩にラジカセを背負って歩いていたとしても、決して僕の名前はボブではない。
つまりはそういうことだ。
なんとも興味深いことに、僕の留学先の大学では、日本語を喋る外国人が結構いる。もちろん僕が日本人文化交流サークル、みたいなところに所属しているからなのだけれど。
彼らは明らかにトニーっていう顔をしているし、クリスって顔をしている。だけれど口を開けばペラペラと日本語を喋ってしまう。もちろん母国語は英語だ。
僕は今、そういう人たちに大いに助けられて生きている。
買い物に一緒に行ったり、宅飲みをしたり。
僕が彼らと会話をするときは基本的には英語だ。だから当然、うまく伝わらないこともある。
普通ならば、それで終わりだ。「はぁ?」って顔をされて終わりだ。(トラウマに近いものがある)
だけれど、彼らは違う。なぜなら日本語がわかるから。僕がサル並みの英語でぐだぐだやっていると、なんとかジェスチャーで感じ取ってくれて、「あ~ソバのことね」とガチの日本語で伝わってくれる。
これほど会話していて心強い外国人はいない。
困ったときのライフラインが用意されている。
それに彼らと会話していて、一番嬉しいことは、スラングを学べるということだ。
shit だとか suck だとか fuckだとか、まああんまり大きな声で言わない方がいいような言葉のことだ。だけれど、若者たちの間ではそんな言葉が結構な頻度で飛び交うし、スラングこそネイティブの証、みたいなところもあるのはまた事実。
彼らはスラングをしっかりと日本語に置き換えて説明してくれる。
「あ~それは、うんこ、ってことね」。
「suckってなに?」って英語で聞いたら、「サイテーって意味」とガチの日本語で返ってくる。
そういえばクリスが「マクドナルドは、うんこ」と言ってたのを思い出した。
彼らの中には村上春樹が好きな奴もいて、めちゃめちゃ感動したのを覚えている。村上春樹に感謝である。村上春樹が僕らの間に共通の話題を造り出したのだから。
彼らも日本語を勉強していて、僕らは英語を勉強している。
つまり、僕らが会話することはこれ以上ない相乗効果を生むのだ。
彼らは本当にいかにも英語しか喋れないような顔をして、ペラペラと日本語を話しだす。本当に人は見た目で判断してはいけない。いいかい、アメリカではそれはナンセンスなんだ。
