時間は果たして本当に有限なのだろうか、と思わず首を傾げてしまうほどに、このオハイオ州ケントではゆったりと時が流れる。一応今は火曜日になった瞬間ぐらいの時間なのだけれど、僕のまぶたは未だに閉じる気配をみせないし、隣の部屋のサウジ三人組の宴会もまさに今からピークを迎えるといった感じである。いいかい、レオパレスどころの騒ぎじゃないんだ。完全に音節が識別できるほどに、彼らのアラビア語が明確に聞こえてくる。第一に、なぜアラビア語かと確信をもっていえるかというと、壁に近づけて録音した動画をオーマーに聞かせて判明したことだからだ。もう一度いう。レオパレスどころの騒ぎじゃないんだ

とはいえ、僕はこの自分の部屋が結構気に入っている。キッチンが無いのは非常にうんざりするポイントではあるけれど、それでもその分、東京で一人暮らししていた時の部屋に比べれば、幾分か広くなった。テレビやゲームが無いからこれといった誘惑も無い。ただ、こうしてPCで何か物を書くか、本を読むか。アメリカの家ではそんな生活をしている。

決まった寝る時間というものは無い。眠くなった時間というのが、寝る時間だ。
決まった起きる時間というものも無い。自然と目覚めた時間というのが、僕の起きる時間だ。それでもだいたいは7時間くらいで自然と目覚めるものだ。どうせ同じ7時間の睡眠時間ならば、起こされるのではなく、自分で自然と起きたい、それが一番健康的だろう。結構寝てしまったな、という日はそれだけ前日疲れていたんだな、と思うようにしている。

なぜこんな生活が可能なのかといえば、単純な話、授業の始まる時間が午後3時20分からだからだ。その時間から始まり、7時20分に終わる。50分授業が4つで構成されている。科目は、リーディング、グラマー、リスニング、ライティング。それぞれ担当の先生がやってきて、50分の授業をして帰る。
ところで、50分授業はなんて素晴らしいのだろうとつくづく思う。大学の90分制なんてものはきっと大学側の都合で決まったに違いないはずだ。教員の割当がうまくいかないからだとかそんな理由で。(それにしても駿台予備校はすごいね……)

僕が通う語学学校のことをESLとアルファベット三文字で表記する。これはEnglish as a Second Languageの略だとかそんな話はどうでもよく、僕ははっきり言ってこのESLが好きである。Superだと思っている。Goldenだ。Marvelousだ。まったくもってAwesomeである。

どの先生も最初の授業で「間違いを恥ずかしがるな。ここではどれほど間違えてもいい」と言ってくれた。

いまから話すことは留学を通して痛感したことなのだけれどね。
あくまで僕の私見だけど、英語力の優劣は人間関係に大きく関わってくる。同年代に限った話だが、英語ができる奴と、英語ができない奴が話せば、ほぼ間違いなく英語ができる奴の方が立場が上になってしまうのだ。英語が話せない側は、基本的に後手後手になってしまうからだ。思っていることがあってもうまく表現できないために。
まさか僕は留学を通してこれほど自分の英語力の無さにコンプレックスのようなものを抱くとは思ってもいなかった。いや、もうコンプレックスと言い切ってもいいだろう。相手が何を言ってるかよくわからんために、愛想笑いで乗り切るときほど、うんざりすることは無い。(愛想笑いというのはつまり大概にしてそういうことなのだと思う。)
19歳なのだけどめちゃめちゃ英語喋れる奴と行動するときなんか、その全てをリードされる。こいつは本当に年下なのかと思う。そして自分は本当に22歳なのかと思う。唯一僕が22歳だとなんとか自我を保てるのは立ち振る舞いにおいてのみである。この状況というのは実際に味わってみないことにはうまく言葉では伝わらないかもしれない。とにかく、惨めで情けない気分になる。英語がもっと喋れれば、絶対もっと仲良くなれるのに。
僕にだってユーモアのひとつやふたつくらい言える能力はあるのだ。だけれど、それが違う言語になると話はまったく別物、ということになるわけだ。

そんなこんなで、いまでこそまだ気分的にマシにはなったものの、ESL入りたての頃の僕の気分と言ったらそれはもう信じられないほどにマントルに向かって突っ走っていた。そんな気分の中、彼ら先生がかけてくれた、「間違いを恥ずかしがるな。ここではどれほど間違えてもいい」という言葉がどれほど当時の僕にとって救いになったことだろうか。
それからというもの、僕はESLでなるべく積極的に発言するように心がけて、なんだか本当に頭のおかしいことを喋っているような気がしていても、間違いを恐れず、英語を使ってみている。なにも恥ずかしくなんかない。周りもみんなめちゃくちゃなんだから。英語ができないのなんて、僕だけじゃないんだ。

これが僕がESLを好きな理由の一つ。ある意味、大学内で唯一ストレスを感じない場所である。それぐらい留学というのはストレスフルなのだよ。英語力というのは、ひとつの特技である。得意不得意の尺度が存在するからね。つまり、毎日毎日、自分は劣っているのだ、ということを実感させられるのだ。解釈次第だが、こんなに恐ろしい場所ってのはなかなか無い。

理由の二つ目は、これは僕特有のものだろう。
授業内容がめっちゃ参考になるのだ。本場の英語の授業、ということだ。
僕は将来的に英語の教員になって、生徒たちに英語を教えていくだろう。そうなったときに、このESLの授業ほど参考になる授業はないのだ。なぜならば、ESLの先生たちはプロ中のプロなのだから。
そういう面でいってしまえば、日本の英語の教員なんてほとんどはズブの素人なのかもしれない。だって、彼らが英語を教えるときの元の知識ってのは、ほとんどがまた聞きじゃないか。参考書に書いてあることを言う、なんてのもある種また聞きである。嘘を言っていたとしても、嘘を言ってることにすら気づけない。
それに対して、ESLの先生は、まさに実体験の言語だ。だから、説明もより実践的なものになるし、例文も一瞬で思いつくし、言葉の説明も完璧だ。
向こうの文法書も結構参考になることが多い。難しいことはいえないけれど、日本の文法書とはまるでアプローチが違う。

こういうわけで、僕はESLを楽しんでいる。
理由の二つ目に関しては、本当に僕は教員になりたいんだな、とか割と客観的に自分のことを見てしまった。半年でESLを卒業して、もう半年は正規の大学の授業をとれるみたいなのだけれど、別に一年間ずっとESLでも全然悪くないな、と結構本気で考えている。。。