塾業界には大きく分けて二つの指導方法がある。


一つは集団指導。もちろんこれも細かく分けようとすれば、小集団、大集団という区別もできるが、一概にいえば、学校の授業と同じ、一人の先生対複数生徒、である。

もう一つは、個別指導。

先生一人に対し、生徒が一人、もしくは二人。家庭教師のように思っていてくれればわかりやすいだろう。


ところで私は両方の指導方法を経験できる環境にいま身を置いていて、それなりに考えることがでてきたのである。

もともと私は中高の英語教員になることを目標にしていて、その結果塾講師のアルバイトをするということは当然の選択だった。それで、当初の計画としては、大学一年時は個別指導をやって残り三年は集団指導でスキルを上げようというものであった。

というのは、結局、学校の先生になる以上、集団指導の経験が大きくかかわってくるものだと思っていたために集団に比重を置きたい思いであったのだが、それでも個別指導の経験がないというのでは、学校の先生になるのもどうかと思ったからだ。(だって、居残りマンツーマン指導だけでなく個人面談とかもあるしねぇ)


その結果、一年目は順調に個別指導を経験し(体験記はこちら )、二年目の今年からは新たに集団塾で働き始めることとなった。

まず、思ったことは、集団指導はやっぱむずい!ということだ。(と、同時にめっちゃ楽!という側面もある。。)

どういうことかというと、基本的に集団指導における授業の仕方は、先生側に余裕がない。

個別だと、生徒とのコミュニケ―ションができていれば、ある程度の先生側のミスというのはあいまいにできるのだが、集団でミスると、確実にその教室の雰囲気が一瞬おかしくなるのがわかる。

生徒の顔は一気に曇る。

それに気付き私は汗だらだらである。


簡単にいえば、集団はやっぱり敷居が高いなぁというのが感想だ。

ぶっちゃけた話、個別の講師なんて誰でもなれる

個別をやっていたときの校舎なんてひどい講師がやまほどいたものだった。こんな授業にこの子は月に三万も払っているのかとかわいそうに思うくらい。(と、自分を棚にあげている)

それでまぁ、思ったのは、教師目指すものと、適当にアルバイト感覚でやってるものでは、塾講師という仕事はなかなか差が出るものだなぁと思った。


実際それは当然のことだと思う。というのは、塾講師という仕事でもっとも特殊なのが、時間外労働である。

基本的に、授業時間以外は時給は出ないために、その授業をよりよくするための努力ってのは、各自自由にやってきてくださいよ、ということだ。

授業準備というのは、たとえば、その授業の板書構成だったり、あらかじめ自分で問題を解いてみたり。要領の良しあしはあれど、90分の授業だと、どう短く見積もっても30分以上はかかるのが授業準備である。そして、当然その時間はサービス

そして、私なんかだと、その過程で細かい部分でよくひっかかってしまう。

最近印象的だったのは、be to-不定詞で、なぜ is to- が予定だったり、義務だったり、運命だったりを表すのかって説明。


The next meeting is to take place in Hong Kong.

(次の会合は香港で開催されることになっている)


って訳で、頭の良いクラスなら強引に進むことが可能だが、やっぱりここで

「is と to の間に going が省略されていると考える」とかって説明を一言いれてやったりするといい。

(ちなみに、他の意味なら、able や obliged が省略されてるとかって言う)


とまぁ、これは決して私が考えた説明ではなくて、どっかから拾ってきたものなのだけれど、やっぱりこういう説明の仕方を調べていると結構な時間が経ってしまったりするのである。


そこでだ。

一体教師をめざさないもののだれが、好んでこんなことに時間を割くだろうか、ということである。

こんなことに長いこと自分の時間を割いて、授業に挑むサービス精神旺盛な、教師に興味ない人間がいるのか。少なくとも、そういうことができる人間は教師になりたいとどこかで思ってるはずである。(やりがいを感じているからだ!というのなら、ぜひ一緒に教師を目指しましょう。。。懇願)

その結果やはりそういったモチベーションのずれを講師間で感じることがあるのだ。


話は戻るが、個別はそれでもなんとかなる。

説明が不十分でも、生徒と協力して何度か説明を繰り返しすればいずれわかってくれるからだ。

その点集団は厳しい気がする。授業準備がかなり必要になる、


私は、教師を目指さないものは塾講師をするなといってるわけじゃない


教師を目指すものは塾講師を必ず経験しろといっているのだ。

はっきりいって、教師を目指すのに、塾講師をしない理由など考えられない。

建前上、教育実習などといった、教師になる前の練習みたいなものが設けられてはいるが、教師になった以上一年目から、プロのパフォーマンスを求められるのだ。それには教育実習なんてあまりにもひ弱すぎる。

教師を目指すものにとって、実際に授業を行うことと、そのための授業準備がどれだけ力になることか。授業準備は説明の仕方のストックを豊富に蓄えることができる。その結果どんな生徒からの鋭い指摘にも、即レスポンスで返すことができる。それに、単純に、英語の知識が衰えない。

英米文学部でもない限り、英語に日常的に触れるという機会は少ないだろうからだ。


これほどまでに教師志望者にとって素晴らしいアルバイトはないはずなのに、それを選択しないのが理解できない。学生時代には他の経験がしたくて塾講師以外のアルバイトをするのなら、もっと別のことで経験を積むほうがいいのではないか。それでも、一年ぐらいに抑えて、残りは塾講師を経験してもいいのではないか。


塾講師を経験したのとしてないのでは、やはり雲泥の差が表れるとおもうのだ。

それに、先生になってから、向いてないかもと思うのでは遅い。

自分が教師に向いてないことに気づかせてくれるのも塾講師のアルバイトなのである。

教師をめざすものはみんな塾講師を経験してもらいたい。

こんなにも塾内で、教師志望者が見つからないなんて現状おかしい。(たまたま)

教師志望者全員が塾講師をやっていれば。。。



というわけで、単純に塾内で、教師志望の友達がほしい!誰もいなくてさびしいんだよ!!といった主張だったわけです。。(どーん)

変なオチで最後まで読んでくれたかたすいません。笑