教職課程のレポートのために文献読んでたら色々思うことが出てきてね、まぁ、軽くブログにちょろっと書こうと思ったわけなんです。
ツイッターだとどうも文字制限という点で不便であるし、もし僕の内容がみる人にとって不快だった場合は、ツイッターの性質上、「見ない」という選択をとれないのでね。(ミュート、リムーブなどがあるのはもちろんですが、タイムラインにいる限りでは見たくない内容でも、強制的に目に入ってしまうじゃないですか)
このことはいつぞやかの記事に書いた気がします。確か、自己顕示欲の扱い方だかなんとかだったと思う。

話はズレますが、ブログでこういうこと書いておいて良かったと思いますね。自分はこういうこと考えてたのか、って客観視できるし、文章化してネットにあげるということはそれなりに思考を煮詰めないといけないし。
もちろん僕の場合は煮詰めたことなどなく、相変わらずその場でつらつら書いているんですけどね。
最近は映画のレビューブログと化してきてましたが、普通のこともそろそろ書くぞ、と。

前置きが長くなりました。

さて、僕は今大学二年生で、英語の教員免許をとるために、それなりに単位取得に励んでおります。今は期末レポートに励んでおります。
その中でも教職課程のレポートというのが1番筆が進むわけです。
やはり興味あることですし、基本的に個人の考えを問われる課題なので、参考文献を引用したりだとか、歴史的事実がどうだとか調べる必要が無いので、だいたい1時間で3000字くらいは書き上げることができます。
しかしながらですね、今教職概論のレポートに取り組もうとしてるのですが、たまたま自宅に「教師になるということ」池田修 という本がおいてありまして、折角だからレポート書きやすくなればと思って読んでたんですよ。
1番思ったのは、自分て生徒の理想の教師像になれるのか、ってことです。
この本では、「教師とは」ということをとにかく書いていて、自分と、そこで描かれてる教師像との乖離に少し落ち込んでいます。
簡単に一言でいいますと、教師とは幅広い知識と豊かな人間性が求められる職業です。
今の僕にはどちらもないな、と。
塾講師のバイトをしてますが、未だに生徒から鋭い質問がくれば答えに窮することがあります。
その度に自分の英語の知識はなんと浅はかなのか、と思いました。
でもその努力ってしてたっけ?
してません。暇な時間には映画かゲームの毎日です。英語の学力は毎日落ちる一方です。

また、豊かな人間性。
これを養うには様々な経験が1番だと思います。しかし僕は今まで超保守的な人間で、とにかく、旅行とか、イベントとか、イレギュラーなことにまったく関心のいかない人間です。

それでまぁ、結論がはやくなりましたが、自分は本当に教師になりたいのだ、という思いを強く自覚する必要が僕にはあります。
英語の重厚な知識。
そして、豊かな人間性と経験。
なんか、飛び抜けた雑談とかしてみたいなぁ。エッフェル塔からバンジージャンプしたことあってさ、とか。
あと色んなものをつまみ食いしたい。陶芸、茶道、花道、能、歌舞伎。なんかここらへんのジャンルについて経験ある先生って凄い興味わかないですか?
僕はわきますよ。憧れます。

あと1番の問題は留学なんだなぁ。。
留学したことない英語の先生と、留学したことある英語の先生ってどれほど、差が出てしまうのだろうか。
なんか、七月になって良いスタートをきっており、かなり充実はしてるんですが、不安要素はあります。
まさに、晴れてるのに雨が降る。今日の天気みたいです。