≪番外編≫恋セヨ神姫
2016年2月14日にpixivに投稿したものを再編したものです。
武装神姫の二次創作のSSです。苦手な方はご注意ください。
↓以下本文
「…………ふああああ」
あくびと共に、固くなった身体をぐぐぐ、と伸ばしてみる。なんでもない朝のはずなのに、えらく久しぶりに起きた不思議な感じがする。
先輩が神姫バトルをはじめてからもうかなり長くなる。かくいう俺は――そういえばまだ名乗ったこともなかったな――俺の名前は
ボーン ボーン
柱時計が大きな音を立てて時刻を知らせる。示した時間は、8時。
「……やべえ、遅刻……っ!!」
じわじわとやってきた焦燥感に、俺は急いで寝間着から学生服に着替えると外に駆け出す。
遅刻しそうなのは割合いつも通りではあるのだが、なにせ今日はいつも起こすやつがいなかった。いや、昨日からいなかった、と言うべきだろう
マドカ。ランサメント型のMMSで、中学以来のつきあいとなる、高校生の身としてはもう結構古くからと感じてしまう、そんなパートナー。
「ちょっと行ってくるわー。しばらく留守にするけど、学校遅刻すんのはNGだかんねー」
ヂェリカン片手にそう宣言した彼女は言葉通り昨日から帰ってきていない。
マスターたるもの心配にもなるのだが、今日という日にちを思い出し、納得する。
「……バレンタインか」
ああ、成程。そりゃ当分帰ってこないわけだ。まあ、先輩のところに泊まっているっていうし、なんの心配もないだろう。
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こんにちは、私はジールベルン型MMSのレヴィアと申します。
マスターのもとで起動してから長い時が経ち、大分バトルにもなれてきた時分であります。なにせ、季節は2月。もうじき、春一番も吹くことでしょう。
「あー、また失敗だよー。中々うまくいかないもんだねー」
傍らにいるのはランサメント型MMSのマドカさん。マスターの後輩さんの神姫なのですが、今はこうしてうちにいます。ちなみに、現在進行形で小さな鍋からは煙が。
「うーん。レシピ通り作っているはずなのですが、やはり料理というものはただ分量に合わせて配合すれば良いというものでもないようですね」
私たちにとっては非常に大きなタブレット端末を支えながら、考えます。
市販のチョコレートを溶かし、型どる。これだけで完成するはずではあるのですが、中々うまくいかず、有志の神姫によるチョコレート制作サイトを見ながら、このような形に相成ったわけです。
「んー、毎年私だけだと失敗しまくって、結局コンビニで買ったのを横流しするのが毎年の私らのバレンタインだったからねー。
レヴィの助けがあればうまいこといくと思ったんだけれど」
「はぁ。マドカさんにも苦手なことがあったんですね」
いえ、確かにマドカさんはヂェリカン三昧な神姫で、私生活という面では穴だらけだったのですが、そこは文字通り先輩。今まで普通の行事でここまで差が生まれるようなことは中々なかったのです。
「設定されてからの性格的なものなんだろうねー。駆動系や演算器に不具合があるってわけじゃあないみたいだからー」
へろへろと私たちサイズのおたまを片手に、いつもより少し元気なくマドカさんは笑います。
「仕方ない。何回も付きあわせて悪かったね。ちゃんとしたものを買ってマスターに渡すとするよ」
そんじゃあねー。
私たちが使っていた神姫サイズの小さなキッチンをプラスチック製のケースに入れると、マドカさんは支援メカ、ロートケーファの背に乗って飛び帰ろうとします。
「ダメです!」
「ん?」
「えっと、ダメ、です。マドカさん。ここまで頑張ったんです! 最後のもうひと頑張りといきませんか?!」
「そうはいっても、これ以上レヴィの手を煩わせるのも悪いし、第一問題は私だからねー」
上空にホバリングしたまま、マドカさんは困った風に頬をかきます。
「それです! 私の補助がうまくなかったのかもしれません!」
「いや、レヴィめっちゃ教えるのうまかったし分量とか指示とか正確だったよ?」
「と に か く! マドカさんはこのまま帰るのは何か間違っている気がします! お菓子作りがうまそうな方を今からでも探しに行きましょう! ええそうです。それがいい!」
ぐっと、こう握りこぶしを握ってそう宣言します。
「その必要はございませんですよ!」
と、窓の外から高らかな声が響いてきました。どうやらおとなりの屋根からのようです。ちなみにマスターの部屋は防犯として私とマドカさんのようにコードを認識済みの特定の神姫以外が入ると防犯装置が作動するようになっています。未来のセ○ムさんですね。
ともかく、私とマドカさんは窓から外にでます。
「おはようございます。
いえ、ですが今回は武装の修理や制作の依頼というわけではないんですよ。アリスさん」
なにやら怪しい装置の上で仁王立ち、かと思えばしゃがみこんでごそごそ、かと思えばまた仁王立ち――を繰り返している白衣のテンペスタ型――アリスさん――はこちらの予想に反して自身満々に答えます。
「ええ、そうでしょうとも。バレンタインのお話をしていたみたいですからね。こちらも先生がいなくてひm……いえ貴女方の友人として貴女方を実験d……いえ、何かできることが無いかと思いまして」
ところどころ突っ込みたいところでいっぱいですが、それはともかくとしても、アリスさんはバレンタインに積極的参加するタイプではなかったと思うのですが。
「そっかー。いやさー、バレンタインでマスターにチョコ作りたかったんだけど、中々上手くいかなくってさ」
恥ずかしそうに、けれどしっかりと要件を伝えるマドカさん。今日のマドカさんは頬や頭をかきっぱなしです。
「むむ、やはりそうですか! やはりバレンタインチョコですか!」
あれ、なんでしょうこの食いつき。思いっきり身を乗り出していますが。
「何を隠そうずっとがさごそしていたこのマスィーン! バレンタイン用のものだったのですよ!」
「そうなんですか!?」
「素材の市販チョコレートをここにポイすればあとは数値設定でそりゃあもう激甘から激辛まで自由自在に作れる新作でして、ええ」
……なんで激辛まで作れるんでしょう。というか、どんな成分? という疑問で私はいっぱいです。
「丁度整備も終わったところです! 実演してみせましょう! そーれ!」
どこからか取り出した業務用の巨大なブロックチョコが放り込まれます。
ウィーンガチョンというあからさまな音と共に巨大な機械の奥へ奥へと入っていきます。
「そして数値をいじればあら不思議! チョコレートの完成です!」
成程、ゴトンという音と共に私たちサイズになったハート形のチョコレートがでてきます。
「こ、これすごくないですか!?」
なんというか、手作り感ないなーと思っていた私ですがこれには驚きです。人間サイズのチョコレートを私たちのサイズにするというのが、まず私たちのクッキングの一番最初、そして一番の難所でもあるのですから。
「これなら……」
と、私たちサイズのハート形チョコレートを手に取ろうとします。……おや、びくともしません。
「ええ。質量とかそのままなんですよ、それ」
「圧縮!?」
「わー、すごいねー」
あっはっはと笑い転げるマドカさんを片手に、そっと窓を閉めます。うん、我ながらこのタイミングで彼女の話を聞くのは失敗でした。
『あー! 閉めないでー! ハンバーグも作れるんですよこれー!』
窓越しにあまり必要のない情報が飛んできます。
「どうしましょうか」
「レヴィ、本当にありがとうねー。でも、私はいいんだ。結局私は神姫だしさ。マスターはきっと人間からチョコもらった方がいいに決まってるよ」
それは――それは。
「いいえ……」
「レヴィ?」
「それは違います! 私たちは確かに人間じゃないかもしれない! 人間からみたら、ただの機械やおもちゃかもしれない! それでも、それでも……」
私たちには心があるんです、とは言えませんでした。それは起動して1年を満たない神姫の、とてもとても青臭い台詞だと思ったからです。
でも、マドカさんは――
「そっか、そうだよね。よっし、最後にいっちょ気合に溢れたチョコを作るとするかー!」
何かを納得したマドカさんは、ずっと浮かない顔だったのが嘘のようにもとのほがらかな笑みに戻ります。
マスターたちの帰宅まであと残り数時間。これが最後のチャンスです――。
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「……はぁ。……まあバレンタインなんていっても俺には関係のないことだよな」
期待はする。結果は伴わない。それが俺みたいごく一般の高校生が経験する道なわけで。
案の定というかなんというか、俺は手ぶらで帰ることとなる。
昼休みちらっと見かけた先輩は、それこそ漫画かなにかのように紙袋一杯のチョコをもらっていたみたいだけれど。
……先輩みたいな女子って、よくチョコもらってるイメージがあるなぁ、なんてことを考えていたら、空から先輩が降ってきた。
「ふっ」
なんて軽く息を吐くだけで済ましたけれど、今この人歩道橋から降ってこなかったか? 結構な高さ、というか普通の建物の2階か3階クラスの高さだと思うんだが。
「こんなところで会うなんて奇遇ね、後輩君」
「いえ、あの先輩歩道橋で待ち構えてました?」
「奇遇ね! 後輩君」
笑顔が怖い。思わず後ずさる。
「奇遇だから、たまたま残った義理チョコあげるわ」
「え」
「しのごの言わずに受け取りなさい!」
繰り出される掌底、ではなくチョコレートはスパーンと俺の胸部を撃ち抜く。
チョコレートにダメージを与えず俺にだけダメージを与えるとかなんの達人だよこの人。
兎にも角にも、うずくまる。まあおかげで四の五の言うことも、先輩の表情も見ることができなくなってしまったので、それも含めて先輩の思い通りなのかもしれないけれど。
「ああ、そういえばうちに来てたマドカだけど、今日帰るって言ってたわ。じゃ、伝えたから」
先輩は言うことだけ言うと、電柱を使った三角跳びの要領で歩道橋の上へと戻ってしまった。
いや、機械音痴以外完ぺきとは聞いてたけどホント何者だあの先輩!?
今更ながらそう思いましたとさ。
さらにうずくまる俺に追い打ちをかけるかのように、スコーンっと何か固いものが当たる。痛え!?
見ると、そこには綺麗な包装紙と可愛らしいリボンに包まれたチョコレート。渡し方はともかくこれを真っ当に受け取れるやつは幸せだよな……と思わざるを得ない、ものだった。
「……ていうか、これ俺宛なの?」
首を傾げる俺の手にあるそれは、誰から誰に当てたものなのか全く情報がない物だった。
「……やはり、非推奨」
「ど、どうだった、ヴァレリア? どうしても渡す勇気がでなかったから届けてもらう形になっちゃって、とっても悪いんだけれど……」
「司令官、目標は正確に狙撃できた」
「狙撃!?」
「でも、察しの悪い男。理解できていないと思う」
「えっ、それって、あああああああ!!! メッセージカード添え忘れたぁぁ!!」
近くのビルの窓でそういった騒ぎがあったと後に知ったが、いや、わかるわけないよね。
「ん? OH! これはコーハイクンではないデスか!」
うずくまったままだった俺のもとに現れたのは、御子様博士こと都野泉リビアだった。神姫関係のエンジニアをこの年でしていて、白衣のテンペスタ――アリス――をパートナーとしている金髪のおそらく外人なちびっこだ。実際俺も先輩も何度もこの子に修理なんかを頼んでいる。
ちなみに、俺の名前は誤解されたまま記憶されているらしい。
「探す手間が省けたというものデスよ! ボクからの気持ち、受け取るデス!」
(≧∇≦)
顔をこんな感じにすると俺に綺麗に包まれたものを手渡してくる。
蹲っているから背丈は丁度近くなっている。
「じゃ、さよならデス~!」
顔を急速に背けたかと思うと、タタタっと駆け出していくちびっこ。相も変わらず転ばないか心配だ。
「……あれ、てかアイツ。男だっけ、女だっけ……?」
それ次第で意味合い大分変るんじゃ……。
「なんにせよ、犯罪はダメですからね」
「うおっ!?」
今度はポストの上に、先輩の神姫のレヴィアがいた。千客万来だな、今日は。
「その、私からも本来渡すべきなのでしょうが、後輩さんにはもっと大事な神姫がいるでしょう? ですから寄り道をしないで早く帰るように、とだけ言いにきたのですけれど」
マスターがご迷惑をお掛けしました。と全力で謝ってくるレヴィア。うん、神姫はこんなに良い娘なのになぁ。先輩なぁ……。
「ま、まあとにかく、早めに帰ってあげてくださいね」
遠い目をした俺に、遠慮がちに声をかけて来る。
「……ああ。元々より道をする気はないから安心してくれ」
「そうでしたか。では」
柔和な笑みを浮かべたかと思うと、電柱を使って三角跳び……はせずにポストからぴょんと飛び降りて歩いて行った。先輩と一緒に来たわけではないらしい。
「……送っていこうか?」
「……すみません、お願いします」
俺と先輩の家は特段離れているわけではない。というか、帰り道の途中にある。だからこそ寄り道をするなと言ったレヴィアも素直に俺に送られることにしたのだろう。
「……マドカは迷惑をかけなかったか?」
帰り道、ぽつりとそんな言葉をもらす。
「ええ。むしろここ数日はいつもより大人しかったくらいですから」
まあ、そうだろうな。あいつの料理下手は折り紙付きだ。
あいつが作ったものならどんなものでも食べる気でいるんだが、こっちも照れくさくて口にだせずに早数年だ。
「マドカさん、バトルでもなんでもあんなに上手くできるのに、料理は苦手だったんですね」
「……別に料理に限ったことじゃあない。……レヴィア、神姫にとって先輩も後輩も実際はそう変わらないんだぞ?」
人間もだけど、と付け加える。
「長所もあるけど短所もある。先に生まれてる方はそれへの対処を少し早く覚えてるってだけなんだ……。だから」
俺とマドカがレヴィアと先輩に負ける日なんて、案外あっという間に来るのかもしれない。
口に出したか出してないか忘れたが、そんなようなやり取りがあった。
まあ、覚えてないくらいにあっさりとレヴィアとは別れたわけで。
俺はそのまま家へと帰る。
「……ただいま」
「おっかえりー」
扉を開けると笑顔で出迎えてくれるパートナー。
手には、すこし歪んではいるもののちゃんとハートの形をしたチョコレートがあった。
「……うまくできたな」
「へへっ、頑張ったでしょー。お返しはヂェリカン一年分でいいよー」
はにかむような笑顔で結構な見返りを求める相棒をつんつんと突っつく。
「……随分ぼったくりじゃないか」
「こんなに頑張ったんだから、そのくらいはいいじゃんかー」
少し姿勢を正すと、マドカは花のような笑顔でチョコレートを俺に差し出した。
「ハッピーバレンタインマスター❤ 大好きだよっ! ずっと前から、だけどねっ!」
ああ――俺の相棒は
こんなにも可愛い。