震電







日本編です。

日本の飛行機の開発は列国と違ってました。
軍縮会議にて主力艦を大幅に制限されたため、制限のかからない飛行機の開発にかけてからです。

海軍が陸上基地を持ち、陸上攻撃機を持ってるのは日本ぐらいです。
これも戦艦などの不利な状況を少しでも戻そうとしての事。
大砲が撃てないなら、陸上基地から飛行機にて攻撃する!!って発想だったようです。

主力艦の制限で「航空母艦」の開発も進んでいきます。
戦艦として建造を認められなくて、やむなく航空母艦として仕上げて艦があったためで、おかげで「機動部隊」を運用できる艦隊が作れました。
人類で「機動部隊」として空母を運用したのは日本とアメリカのみ!!

特に、それを全世界に知らしめたのは日本でした。
真珠湾攻撃とマレー沖海戦は航空機対戦艦の戦い。
この時、日本の「大和」は無用な戦艦となりました(笑)


日本の航空機の特徴は「軽い」。「長く飛べる」。「軽快に運動する」。「構造的に弱い」。「燃えやすい」。でしょうか。
工業的に歴史の浅い日本は、エンジンの開発に手間取ります。
大馬力エンジンを開発できない。
よって、機体を軽くして馬力が落ちても大丈夫なように設計してありました。
また、航空機で艦隊を攻撃する事を前提にしてますので、長く飛べるようにしてあります。
これは大戦初期には列国にとっては考えられない事だったようです。

ヨーロッパでの戦闘機は1000キロ飛べなかったのに零戦は3000キロ飛んでました。
これは増槽タンクと言う落下式の燃料タンクのおかげで、これも日本の開発です。
今では当たり前なんですが、当時は画期的!!

初期の戦いでは、向かう所敵なし!!でしたが、徐々に欠点が出てき始めます。
防弾設備が無い!!意外と構造的に弱く、急降下において制限される。

一発当たれば火を噴く零戦。
ヒットエンドラン戦法で撃ったら急降下で逃げる!!
これだけで戦いが変わってしまいます。悲しいかな・・・・

多種多様な飛行機を作っていましたが、すべてが名人技的発想!!デリケートなエンジンに工作し辛い機体構造!!設計通りに作ると高性能機なんですが、戦時中のこと、神業の工作を学生がやるわけですから、できても動かないとか、性能が出し切れない物ばかりだったようです。

末期になると、一発逆転的な開発ばかりやってたようです。
九州飛行機の「震電」などもその一つでしょうか??

繊細な設計で、武士道的な戦いかた。
日本機は大好きです!!