昔の玄関

私の育った家の玄関は「よいしょ!!」と、50cm以上の段差があった。

場所は、南側にあった。

その玄関を入ると、いきなり茶の間があり、東隣に和室と縁側!!

その奥に床の間、その面隣に寝室であった。

台所は土間にカマド。

風呂は外、トイレも外!!

すぐ隣には、馬小屋があり、動物と同居していたのだ。

そんな家のパターンは、ほとんどの家は同じであり、今思うに究極の企画住宅である。

大黒柱なる物もあった。

これも、ものの本を読んで知ったのだが、解体の事を考えて立ててあるそうである。

つまり、昔の家はリサイクルも出来るように考えられていたのである。

じいちゃんばあちゃんの住む家の介護保険の改修工事に出向いて話を聞いていると、「この家は60年前に○○にあったやつを移したものだから、100年位前の建物だよ」といった話を聞くのも2、3軒ではない。

つまり、今より進んでいたのかもしれない。

今の家は個人の要望により、一軒一軒まるで違う設計になっている。

古くなった家を移設してといった様な事はないのだ。

だから、使い捨て住宅。

「建替えれば良い!!」という発想でしかない。

昔の家は不便な事も多かった。

設計としてはどちらかと言えば来客重視型である。

暮らす人達のためではなく、訪れるであろう人々のための家である。

気遣いの家であったのだ。

今や暮らす人々の快適のための家であり、快適のために大量のエネルギーを使いまくる事になる。

それが本当に良い事なのかどうか?

「究極の家」が、竪穴式住居に思えてくる自分は、どうかあるのであろうか?

人はあまりに便利や快適を追い求めて、まるで別の方向に進んでいる様に思える。

地球環境を悪くしながら、その上で快適な暮しを求めるといった悪循環を起こしているのでは?と、考えてしまうが、利便さには勝てないのが人なのかもしれません。