ひふみ神示 第27巻 春の巻  第十六帖(673)

使命がいのち。
上から、神から命ぜられたことがいのちぞ。
使命はつくられた時に与えられる。
使命なくてものは生れんぞ。

自分の使命は内にききつつ外にきけよ。
使命果たすがよろこびぞ。
使命果たすには生命がけでなくてはならん。
生命ぢゃからのう。
努力した上にもせなならんぞ。
努力には苦もあるぞ。
苦のない努力ないぞ。

右を動かせば左もうごくぞ。
果たせば苦は楽。
果たさねば楽も苦。

重荷あるからこそ、苦あるからこそ、風にも倒れんのぢゃ。
神が主であるぞ。


※シンクロニシティ関連
前回記事の、シンクロニシティの現象と同じ事かも?!自分の使命は内にききつつ外にきけよ。使命果たすがよろこびぞ。内側で気づきを得ようと頑張っていると、メッセンジャーとリンクしている!という所です。どう考えても、自分の事を言ってるのじゃないか?!という時が、使命なのかもですね。

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苦について。

第四十一帖

 そなたはいつも深刻な顔をして考へ込んでゐるが、考へ方にも幾通りも御座るぞ。考へは迷ひと申してあるのは、そなたのような場合ぞ。そなたは苦に向ひ苦にかったつもりで、苦を楽しんで御座るが、苦は曲ることぞと知らしてあろうが。苦をつくり出してはならんぞ。苦を楽しむより、楽をたのしむ心高いぞと知らしてあろう。苦しむと曲り、楽しむとのびるぞ。二月十日。

*その他

楽なのに、こんなのでいいのだろうか?と思ってしまい、あれこれやらなければとか・・・一々考えこみ悩んで苦しむという心境()は苦を作り出しているのです。それを乗り越えるのも、乗り越えるところではないかと思いました。多くの人々は日常生活の常識によって案外難しい事かもしれないと思います。

日常のあり方に影響されての自分でマインドコントロール!の一種でしょうね。取り去るのに苦労します。常識を超えて理解しようとすると、神と結びつくように納得するまでにアレコレ考える必要が出てきたりして相当苦労するものです。気づきを得たりすると、アッパレ!苦労が去ります。

元より神を一切疑う事も理解する必要もない人がこの世にいるなら羨ましい限りです。

良くも悪くも体験を歓んでいる学校だった二元性を卒業するだけの理解というか気持ちというか・・・真の解決に向うことを決意し、善一筋=神一筋。神に全てを任せれられるほどの気持ち(神と共に一緒に過ごす)になれるか。これ大事だと思います。

この世の想念がそのまま次の世に映るといいます。実に単純な事なのですが、楽をたのしむ心がなければ、どのような現実で神と共に過ごすつもりなのでしょう(笑)

*あなたの神のイメージはあなたの願いを叶えてくれるのですよね?あなたの願いを叶えてくれるなら神はあなただけの願いを叶える訳ではない。人それぞれの願いを叶えているのでは?あなたの願いはあなただけのもの。

何故あなたの現実はそうなのか@@?!

あなたの心にある神は・・・恐怖と心配と罪と罰の神?それとも、優しくて歓喜、優雅な神?もしかして、自分だけに都合の良い神?神とは何か?どういう存在か?

結論は、まず、何よりも神、単に神、神、神、神♪神を愛すること。どこかで聞いたか読んだことがあるような・・・そういう結論になってしまいました。

(神の宮)内=外 すべてを愛さない理由はないでしょう?

ではでは。