「そんなこと言わんでー、一緒にいれなくなるわー」
大きな威圧感のある声にお応えした後にいただいた、偉大なる義母のお言葉。
どうも死にたか死ねなか嫁です。
鬱症状も大分治まってきたような気がします。前より衝動的な自傷や死にたくなる頻度が格段に減ってきました。
開き直るってまじ大事。
仏教徒なので気持ちを落ち着かせるべく、ちょっとずつお経の日本語訳を読んでいます。
お釈迦さま言ってるやん、過去のことに悩み、未来のことに悩み、それも苦しみ。人間に生まれて悟りを得られてない(ましてや私は聖道門的修行をしてない)身だから悩み苦しむのは当たり前なんですよ。
それから逃れる精神性を持ちたいなぁ、と思う身ではありますが、、
旦那のこと目の前で貶されたらブチ切れるよねーーーー!
私、「強い言葉には強い言葉を」「優しい言葉には優しい言葉を」をモットーに{サンドバッグじゃないんだから}不快なことをする人(義母限定)には鏡のように返してあげましょうね精神で、日々生活しているわけですが。
(仏教徒としてはマジ駄目だとわかってるけど、旦那と子どもを貶されたらもう浄土門信仰に頼るしかない、罪しか重ねてねぇですよ自分)
時々義母が地雷を踏んでくるわけですよ。
いつもなら「はいはーい」で済ませられる案件なのですが、今回はダブルでマイハートを土足踏みにじりムーブをしてきたのでね。
まあ、優しい言葉を強い口調で返してやりましたよ。
っていうかねー、ご本尊さま(仏さま)にお供えするお花を新しいお花に替えさせていただいていたわけですよ私は。
義母はその日茶道の生徒さんが来るとのことで別室で準備をしていたわけです。で、義母はやきもきしていた、大分花が弱っていると。
これ朝9時の話なんですがね、
お寺では朝6時過ぎから勤行が始まります。平日は旦那(副住職)と私が出席し、私は途中で子どもたちを小学校に送るべく退席するわけです。
5分離れた賃貸に私たちは住んでいるので、子どもを送った後に私は家の掃除や洗濯をしてお寺に帰るというルーティンで私は動いています。(一回お寺に行ったら戻れないからね、「嫁さん遅すぎる」と義母に旦那が文句を言われるという前科があるので)
その日は10時にお檀家さんがいらっしゃることになっていました。
足りない私の頭なりに逆算して、私は9時20分にお花を入れ替えしだしたのですが、お檀家さんの車が9時30分頃境内に入ってきました。
その音を聞きつけた義母が遠くから叫んできました。
「早くお花かえんね!」と!!!
こちとら10分くらい前からやってるのです。もう終盤の終盤、クライマックスです。花のバランスを整えているわけです。(自分の満足する段差で菊や百合を入れてくのって時間かかるんですよ、、私が未熟なだけかもしれませんが)
「今やってまーす!」と負けじと私も叫び返しました。
仏教徒としては失格です。これが自分が救われない身であると後々反省するのですが、対義母に関しては気持ちがぐっちゃぐちゃになってしまうようで反射的に対応してしまいます。南無阿弥陀仏。
義母は息子(私の旦那)がやってると思ったらしく(義母は息子さんを自分の所有物と思っているのか、常々色々(今自分でできることも)強制という名のお願いをしてきます。
で、まさかの息子がやってなかったと知った義母は叫ぶわけです、私に向かって。
「◯◯(息子)にやらせよ!!」
要は自分の息子が怠慢で嫁にやらせてると思ったかどうかは知りませんが、旦那に私は朝「上手く花がまとまりそうだから帰って私がするわ」と伝えていました。
旦那は朝のお勤めが終わると、本堂の掃除をしてお寺のゴミ出したり朝の義母の珈琲を淹れたりとやることいっぱいなわけですし、それが終わったあとは{ホッ}と一息ついて欲しいわけです。私としては。
そんな気遣いの先にかけられる、この言葉。
まてよ、と、
心無さすぎじゃないか?、と
私、自分がやりたくてやっていますけど?そもそも私が心をさいて『素敵な見栄えになぁれ』と、お花を入れていたのに。
その気持ちを否定された気持ちになったわけです。
(そう思う時点でもう因業の波に呑まれてますね、、憂鬱、)
長くなったので続きは次回に!
義母の暴走は止まらない!!(そうご期待♪)