今年は勝てる。
私はそう確信していた。
バッティング練習では誰もが猛然としたスイングで次々と長打を飛ばしており
青木秀憲監督も「チームの戦力は(都内で)ベスト4」と太鼓判を押していたのである。
ちなみに開成高校硬式野球部のグラウンドでの練習は週1回。限られた練習時間で勝つために、彼らは守備を捨てて打撃に集中する。
失点を覚悟の上、一気に大量得点を挙げてコールド勝ちを狙う。
この独自のセオリーで激戦区の東東京予選でベスト16入りを果たしたこともあるのだ。
実際、私は何度も開成打線の「爆発」を目にしているのだが、この5年間、初戦で敗退していた。
爆発が間に合わなかったり、相手校に爆発されたり。
私にはその原因が今ひとつわからなかったのだが、今年になって青木監督は驚くべき奇策を打ち出した。
監督辞任。
ユニフォームを脱いでしまったのだ。
「戦力があるのになぜ試合で発揮できないのか。生徒たちが自分で考えないからです。
指示を待っているから即座に的確な判断ができない。
ならば生徒に監督をやらせる。ベンチの選手全員が監督になればいいんです」
生徒たちが自らを監督する。
その中心がキャッチャーの神取颯太郎君(3年生/高野連の規定で背番号のある選手は監督を兼任できないため、登録上の監督は2年生の横地駿太朗君)だ。
大丈夫なのか? と不安がよぎったのだが、将来宇宙関係の仕事に就きたいという神取君は「野球は物理です」と断言した。
この物理現象には「点差とは別次元の流れ」があり、「流れに気づき、修正を加えること」が重要だという。
流れのパターンを読み取るそうで、「完璧はありませんが、最善の方法はあります」と実に頼もしいのだ。
今年の初戦の相手は強豪校の安田学園だった。その完璧な守備を前に、開成ナインは臆することなくフルスイングで勝負を仕掛けた。
1回裏に早くも2点を取られたが、3回表には神取君の二塁打を皮切りに開成打線が小爆発。宮崎湧君らのヒットが続いて2点を取り返す。
空振りが目立つものの、「球に当てようとするのではなく、当たるという前提で思い切り振る」という完璧なスイング。
武井祐樹君などは打席途中で右打席にスイッチしながらも全力で振り回した。
守備のほうもエラーこそあれ、被害は最小限で食い止め、ピッチャーは永田悠君、金子竜也君ら、のべ7人にものぼる継投で安田打線を翻弄した。
ちなみに開成のピッチャーは「ストライクを入れる」ことが必要十分条件。フォアボールの連続などで試合を壊すことなく、全員が見事に投げ切っている。
流れは開成にあり。
私は拳を握りしめた。
8回表には3年生の地曵龍一君がレフト越えのホームランを打ち、いよいよ最終回での大爆発を予感したのだが
あろうことか8回裏に安田打線が爆発し、ツーランホームランまで浴びてしまった。
結果は11‐3で開成のコールド負け。
突然試合が終わり、いつの間にそんなに点を取られていたのか、と私は呆気にとられたのである。
「まだまだ不十分だが、方向性はいい」
試合後、青木先生は生徒たちを讃えた。まるで2回戦に進出するような口ぶりで、私も「勝った」ような気がした。
振り返れば、開成は点差とは別次元でずっと勝っているようで、なぜ甲子園に行けないのか不思議なくらいである。
取材・文/高橋 秀実
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