こんにちは

尼崎の夢をつかむ男こと青木眞一です。

 皆様、お元気ですか。

 

もう今年も折り返し地点に近づいて

いますね。

本当、幸せを満喫している時は、時の

経つのが早いですね。

 思いません、一生懸命にどんなもので

も行っている時、時間を忘れることがない

でしょうか。


 

 夢に向かって何かをしている時、幸せ

を感じませんか。

 

何もやる気のない時は、楽しい夢を自分

で想像してみたら面白いですよ。()


 老化は、何もやる気がない時に進みます。

 そして、過ぎ去る時の長さを感じます。

この時に、人はもう死んでも良いかなと

思うらしいのです。()
  

 つまり、いつも面白いものを求めそして
行動している人は、若くて溌剌としています。

  人生、面白く、楽しく、笑って、愉快な自分

を想像して下さい。


 そうすれば、毎日が楽しい愉快な日々が

送れますよ。

 そう思い私は、日々を送る様にしています。

特に、恋愛なんていいね。()



 

興味のある話を聞きました。

夢は、実現できないから夢なのだよ。

だから、実現できる目標にするのだよ。

夢は小さく目標にして行動するとの

お話でした。

まず、大きな木になろうとせず、小さな

芽をだすのですよ。


 

 この話を聞いて私は、夢を仏に成る事

そして目標は、成幸者に成る事に変更

します。()


自分が手の届く目標を企て行動する。

それも、少しずつ少しずつ前進する。

 そして、上を向いて進むので無く、下を

見るのです。

 そして、自分が一段上がった知り得た

ことを教えるのです。


成功は、竹の節のです。下の節は固く

厚いが上に行けば行くほど薄くて柔いとの

ことです。

 だから、出世する人は凄く早いとの事

です。

 社会は、学校時代よりたやすい、それは

答えが出ている、成功者の手本がある。

 そして、競争するのではなく、協力する

のだよ。

 無限小の力で一点集中する。

うすれば、奇跡が起き夢は夢で無く

なるとの話しでした。

 そして、一生懸命打ち込み行動すれば

他力が働くことに成り、成功のジェット

気流に乗るのです。


  ですので、尼崎の夢を掴む男の看板を
変更します。

 目標を掴む男(尼崎)に変更いたします。

ろしくお願いします。()

 何か小さい看板になりましたね。(大笑)

いつまでも昔のままだと、進歩がないで

すね。

常に新しい知識で現状を見て改良して

いかなければ、成幸者にはなれませんね。
 


おっとまた、脱線しました。

 本題のお話しを致します。


 

 「愛」とは、仏・神の別名であると思っています。

 仏法では慈悲、儒教で仁と説かれています。

つまり、人を幸せにすることであると思って

います。


 こう考えたほうが、理解し易すいからです。


 もうこれで、私の言いたい事にお気づきに

なったと思います。

 

 しかし、この愛こそが危険なのです。

「無」の中でお話しましたが、位取り(立ち位置)

によって、本来幸せを謳っているはずなのですが

自分・家・地域・組織・国家・宗教・世界の事と関心

が移っていきます。
 これに伴い、物質も人から万物へと移るので

すね。

 

愛の反対は、なんでしょうか。
 私は、無関心であると思っています。
 つまり、関心は、自分だけで他には、無

関心となるとどうでしょう、怖いですね。

想像して下さい。


ですので、表現を壮大な宇宙規模の愛

としました。


 

 AIを、この万物をも幸せにする道具とし使う

考えが根底にあれば、世界も宇宙も人も破滅

することは、決して無いと思っているのは、私

のみでしょうか。()


     


次回は、この関心と無関心についてお話し

をいたします。


 

 あまり面白くないかもしれませんが

できるだけ、興味を持てるようなブログに

したいと思いますので、お付き合いお願い

いたします。



 最後までお読みいただきまして

 ありがとうございました。


 

青木眞一