こんにちは

尼崎の夢をつかむ男こと青木眞一です。

 皆様、お元気ですか。

 

 季節は、刻々と春に向かっています。

いいですね。

春は、桜ですが何故か桜は、別れと出会い

をイメージしてしまいます。

 ですので、寂しさと喜びの両方を感じると

同時に、寒さと暖かさを交互に感じる不思議

な時期ですよね。

 

最近益々、何をしていてもこんなに

幸せで浮き浮きしていてホントによいか

と思っています。

 

  私は、信仰をしています。

  その為か、人は徳が全てを決めてしまう

当然自分の幸せは、周囲の人を幸せにする

事で得られるのだと思っています。

 

 どうなのでしょう、まず教義があります。

その教義で説かれていることは、正しです。

ですがその通りには、行動できないですね。

 

 それどころか、教義の実践結果から逆に

自己嫌悪を感じてしまいます。()

 

 私は、それでも少しでもいい、自分を褒めて

昨日よりも、今日 今日よりも明日と自分を高め

て行こうと思っています。

 

 そんな私なのですが、こんな話を聞きました。

 お釈迦様は、煩悩(欲)を消すことで仏の境地

を悟ろうとその身を投じる修行をされました。

しかし、どの様に修行されても煩悩を消すことが

できなかった。

 

 つまり、この煩悩があるからこそ仏なのだと

(煩悩即菩提)気付かれたのです。

 

 一杯、一杯大きな夢をみてそれを実現させる

そう、欲がなければ幸せはないとのことです。

 

 人間の知識と計算された行動は、宇宙へ行く

事も出来ます。

 

 理想もこの知識と緻密な計算された行動が

あれば、現実となるとのお話しでした。

 

 又、人は、理想に現実を近づけることが

できる生き物なのだと話されていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生き方についてお話しいたします。

その人の魅力とは、徳があるかないかと

いうことです。

 

 徳とは、精神の修養によってその身に得た

すぐれた品性をいいます。

 

 じや、どうしたらこの徳を積むことができるので

しようか、人に光(優しさ)・愛(親切)を与えたら

徳を積むことができます。

 

「現実は、心の光で脳のフィルムを通し体の映写機

で映り出したものであります。」

 

 つまり、現実を理想にするには、心の光を強くする

 仏を信仰し、脳を理想フィルム思考に替え映写機

である体が行動すればいいのですよね。

 

 斉藤一人様は、徳を得るには、人に優しく親切に

することで得られると言われています。

 

 私は、思います。

現実を理想に近づけることは、夢を叶え平和な世界

の創出が可能となるのではないのでしょうか。

 

 幸せは、徳を積むことで得られるのならば、周囲の

人に優しく、親切にする明るさ(光)を与える自分で

あり続ける事なのですね。

 

 よって、絶えず自分が上機嫌である必要があるので

自分の機嫌は、自分で取ることが大事なんですね。

 

  最後までお読みいただきまして

 ありがとうございました。

 

 青木眞一