小さいときは病弱だったと親には言われても、物心ついてからはあまり風邪もひかず、大きな病気とは無縁の生活をしていた自分。
ただ、ある日突然それが崩れ去ります。
2002年夏、前年に転職と結婚という2つの大きな人生の転機を迎え、無理しながらも充実した日々を送っていたある日、突然の下血と
共に我慢できない腹痛が。
慌てて病院に行ったところ、言われたのは①すぐに入院してもらう ②家族を呼べ の2つのこと。腹痛に苦しみながらも、ドラマみたい
な展開だなと他人事の様に思い、弟に電話したのを覚えている。
結果的に安倍総理と同じ"潰瘍性大腸炎"という現在完治させることができない難病であることを告げられて2週間ほど絶食しながら
の治療が必要との説明。
入院生活は同部屋にいた肩にいれた梵字のタトゥーを消しにきてたお兄ちゃんとたまたまやっていた日韓W杯のおかげで
比較的楽しく(入院で楽しいってもどうかと思うが)過ごせたと記憶している。
絶食のために24H点滴をされているので、動きが制限されるが、週刊誌とかの購入はなぜか梵字の兄ちゃんが代わりに行ってくれたし
まぁ、当時は夜中まで仕事してたので、よい休養だと思う事にしていた。(正直、両親や妻の方が不安が大きかったと思う)
ただ、入院が明けて自分の病気をPCで調べてみると、これがまた厄介で死にはしないけど酷くなると社会生活をまともに送るのが
難しい状況になるらしい。そして症状が消えても、それは完治ではなくただ消失(寛解)しているだけなので治療を続ける必要がある。
同じ年にマンションも購入して、背負うものが自分にとって、"死なずにまともな社会生活を送れない"という状態になる事が最初は
とてつもない恐怖に感じられたし、逆に死んだ方が家のローンはチャラになるし、生命保険も入る方が残す家族の為になるのではと
何度も考えた。
それから15年、酒・タバコ・女は禁じられつつもなんとか普通に会社に行って、趣味のライブや旅行にも行けている。
2003年に生まれた息子も、もう中学生だ。(その後暫くステロイドを飲んでいたので結局一人っ子になったのは少し可哀そうに思う)
もちろん定期的に病院に行き、年に一度は内視鏡の検査を行い、時にはとんでもない量(値段も)の薬を飲まざるを得ない状況に
変わりはない。
そういう意味で自分はまだまた軽い症状で済んでいるとは思うが、導火線に火のついた爆弾は抱えてしまっているし、後は導火線
の長さがどれくらいかという事なんだと思っている。
酒が飲めないことでつまらない奴呼ばわりされたこともあるし、実際につまらないけど、背負うものを考えたら仕方ないし慣れもした。
自分の様なレベルの者がいう事ではないけど、世の中には理不尽な病気が溢れている。なってしまった以上はそれを受け入れて
少しでも症状を改善させていくしかないし、健康な人は健康であることの幸せを忘れないで欲しい。