まず、何て読むかですよね。

あきらめ って読みます。

諦めとは全然違う意味です。

この顕ら目とは何かと言いますと、将来を見る目のことです。

業界のお話を少ししますと、有名どころのアーティストがシングルを出すとします。

そのシングルはいつ頃から作り始められたと思いますか?

だいたい1年前です。

え!?そんなに前なの?と思うかもしれませんが、曲の制作でだいたい1~2ヶ月、あとはひたすら練習とプロモーションの方法なんかを考えてたら、1年でも足りない~ってくらいです。

メジャーアーティストですと、1曲に何億って制作費や宣伝費がかかりますからね。

そりゃあ練れるに越したことはない。

ただ、あまり時間をかけすぎると、流行が終わってしまうかもしれないので、1年が目安どころになります。

つまり、来年はどんなものが流行るだろうなと読みつつ、制作をします。

最近の事例として、桑田佳祐さんが制作から約5ヶ月でシングルを出します(明後日)・・・日経エンタテイメント!9月号より。

震災があったので、より早くということで半年を切ってリリース。

これ、驚く早さです。


で、話は戻しますが、1年も先を見越して制作するわけですので、よほどアンテナを張っていなければなりません

僕の事例はというと、昨年夏にリリースしたシングルの中に、節電の内容を盛り込んだ曲がありました。

奇しくも、今年の春から注目されるようになりました。

最近の例ですと、あるラジオ番組で、AEDについてトークをしてました。

ぼく「電気流すっていうのは知ってるけど、実際どうやって使うか知らないよね」
ゲスト「実際、消防の方もそれが現状なんですって嘆いてました」

こんな会話をしていた翌日でした、元日本代表の松田選手が倒れ、練習場にAED設置がされていなかったニュースが流れたのは。

このお話は、やはり亡くなっておられるのであまり声を大にして言えませんが、これが明るい話題であれば完璧です。

このくらいピンポイントで先を見る目をつけましょう。

その方法ですが、やはりNO5の記事のインプットの仕方が大事で、悪いものと一切波調を合わせないということです。

悪いものと合ってしまうと、真っ直ぐな目で見ることができません。

どこまでも素直に、そして、世のため人のために自分は生きて行きたい・・・そう思って生活していくことが1番ではないかと思います。
叩かれるって、パンチされることじゃないですよ?(笑)

なぜ若いうちなのか、なぜ叩かれることがいいことなのかについて書かせて頂きます。

誰しもが、「自分はこう思う」「それには納得できない」など、いろんな思いを持っているかと思います。

もちろん、何も考えないことよりかは素晴らしい。

でも、音楽を志すにあたり、まず大事なのは、アウトプットではなく、インプット

様々な感性を取り入れるということが大事です。

若いうちから、自己の主張が強いと、どうしても他人の言うこと、とりわけ人生の先輩の人の話が頭の中に入ってきません。

たとえ自分が将来ビッグな人になるとしても、やはり若いうちは自分より年をとってる人には勝てない、そう思って下さい。

年配の方は、全て若いときの経験をもとにいろいろと話してくれます。

それを自分の中にどれだけ取り入れることができるかということが大事です。

取り入れることができる人、そうでない人、どちらが人として柔軟で立派か、それは小さな子でも分かります。

逆に、若いうちに積極的に叩かれ、自分のトゲを落とすことをしてみて下さい。

本当に音楽で食べて行けると確信がついたとき、その違いが大きく出て来ます。

若いうちのほうが、たくさん物事を覚えることができます。

出来る限り吸収してみて下さい。

将来、立派な武器になります。
タイトルに書かれてる「徳を積み業(ごう)を摘む」とはどういうことか。

というものは、人として良い行いをすることです。

はその逆、人として悪い行いをした罪のことです。

はっきり言って、音楽業界に限らずですが、悪いことしたって儲けてる人はいます。

じゃあ自分は、悪いことをして儲けることができるか、それは分かりません。

ただ、どういう人生であるにせよ、徳積み、業摘みは必ず行うべきです。

なぜかといいますと、徳は積んだ分だけ良いものとして自分に返って来ます。

逆に、業は積んだ分だけ悪いものとして自分に返って来ます。

善因善果、悪因悪果という言葉であったり、相応の理という言葉であったりします。

その積んだものが自分に返ってくるタイミングは、はっきり言って分かりません。

ただ、徳に関しては、本当に必要なときに返ってくるのは確かです。

たとえ今、悪いことをしても何も起こらずとも、業を積んで行くと、いつかはそれが自分に返って来ます。

業が返って来るのは、多少の難であればいいかもしれませんが、大きくなると死に繋がる可能性もあります。

今の人生の自分がどういう状況であれ、必ず徳を積みましょう。

あとこれは、ちょっとした裏技になりますが、積んできた業を自ら積極的に消すという方法もあります。

業がなくなってしまえば、苦しむことはなくなります。

なら、少しずつ消して行くのがいいのではないか?

コンスタントに物事を行うこと(貯金とか)のほうが、一気に無理するより遥かに楽かと思います。

100万円盗んだ罪は、100万円盗まれることによって消えます。

かといって、100万円盗まれたら辛い(笑)

しかし、積極的に徳を積むことで、この清算をする時が来ても、小難や無難で済むこともあります。

やはり、徳を積むことが大事なんです。



・・・以前ラジオにゲストに出演させて頂いたとき、「40代とか50代の社長さんが言うようなことばっかり言うね」って褒められたことがあります。

騙されたと思って、何でもいいのでやってみて下さい。

僕はこれを20歳から意識するようになり、「悪いことをしたらゴシップに叩かれて路頭に迷う」とプレッシャーをかけながら実践してきたので、40代50代の社長さんと同じ考えにまで至ったのだと思ってます。
NO2の記事でも少し触れましたが、目標の設定についてです。

僕は目標を3段階に分けて設定してます。

大目標、中目標、小目標の3つ。

大目標:10年以上かけて達成するもの
中目標:2~5年かけて達成するもの
小目標:1年以内で達成できるもの

小目標いくつかで中目標が、中目標いくつかで大目標が達成できるように設定します。

大目標は、ぶっ飛んでるようなものでも大丈夫です。

ちなみに僕の今の大目標は、人間国宝よりすごいんじゃないかっていうような内容だったりするので(笑)

僕の中目標の一部を公開しますと、

1、善化活動を行う企業・団体などへの音楽面でのサポート(定期的に)
2、子どもたちにいい音楽を歌わせてあげたいので、教科書や合唱コンに採用されるような曲を作る

じゃあ仮に1の善化活動の件から、小目標を設定します。

「彼が歌ってくれたら我が社のイメージがアップする」と言われるようになれば、そういった企業へ楽曲を提供できるのではないか→常にクリーンな自分である必要がある→じゃあ悪いクセを直さないと

では、嘘をつきませんとか、交通ルールは守りますなど、これが小目標。

この小目標が充実していけば、中目標のような仕事の依頼があり、それらを積み重ねると人間国宝も・・・まぁそんな感じになるでしょうか。

このように、段階分けすることにより、常に自分のゴールを見据えながら、どのように行動すればよいかということがきちんと判断できます

また、途中で軌道修正したい場合も、これだけ骨組みがしっかりしていると、多少のズレが判明したところで、大きく揺れることはありません。

また、これをさらに深く詰めると、「具体的」であるとなお良いです。

・部屋の掃除をします
・毎日部屋の掃除を帰宅後10分間します。

これだと、後者のほうが、いつどれだけすればいいかっていうのが明確かと思います。

一度、皆さんも立ててみて下さい。

僕でよければ、添削もさせて頂きます。

メールアドレスは、info@hirorisan.netになります、お気軽にどうぞ(@゚▽゚)ノ
このブログで目指すべき場所というものを明確にさせて頂きます。

音楽であれそれ以外にせよ、目標設定というものは非常に大事です。

しかもその目標は、具体的でなければいけません。

目標の立て方はNO.3の記事にて詳しく執筆します。

では、目標を立ててどこを目指すのか。

「あなたの音楽が持つ意味」は?

人を感動させたい、幸せにしたい、楽しい気持ちにさせたい、同情してほしい、泣いてほしい。

・・・よくある答えですね(笑)

実際にじゃあ、「幸せにしたい」を例にとってみると、不幸にしたくて歌ったり演奏したりする人って、あんまりいないですよね?

ということは、誰もがそう思っていると考えて下さい。

しかし、その気持ちは決して間違いではありません。

それはあくまでなのです。

夢:イメージの通り、もやもやっとして、漠然としてるもの

だから、どのように人を幸せにしたいかという明確なものがない。

それを具体的な目標を立てて、明確にしていくことが極めて大切です。

夢がより明確になったものを、僕は「志」と呼んでます。

ここまでは、やや目標設定の話と被りますが、本題はコレです。

その志をもってして、音楽を通じてどういう現象を起こすのか

これが見つかるだけで、あなたは幸せな人です。

それすら見つけられない人が世の中大半ですからね。

それが見つかれば、たとえ音楽で失敗したとして別の事業をしなければいけないという境地に陥ったとしても、何の憂いもありません。

人を幸せにしたり、感動させたりするだけが、芸術の本質ではありません。

本質を極めることは、まだまだ何千年とかかると思いますが、それに近づこうとすることが、お金や名誉を得ることよりも、人として価値あることです。

それくらい大きな気持ちを持ってもらいたいということです。