今日は レッスンはお休みですが、予め レッスンのお願いがあったので 一人だけしました。
怪我をした後 治療に通っていて ずいぶん 欠席が続き、気の毒だったので
声をかけたら みてほしいと 親御さんから申し出があったので。
本来は 生徒側の理由による欠席の 補講はしません。
今回のように こちら側の配慮が必要な時には する場合もあります。
ほっとけば、という先生もいますが 私は そういう冷たい態度は どうも 苦手で(^-^;
ほっとけないんですねぇ。
私が常に 心掛けてること。
それは 楽しく、生涯 音楽好きでいてほしいことです。
また 高校生の時の話しなんですが……。
よく コンクールが近づくと クラスのみんなが 聴かせて、そう言ってくれて 音楽室のピアノの周りを 何重にもなって 聴いてくれました。
速い指の動きが見たい友達は こぞって 前にきたり。
今度は 私が前で見る番だとか わいわい言いながらね。
今思えば 本当に幸せ者です。
そして 真剣に聴いてくれて、前より こんなところが良くなったとか 感想も言ってくれました。
それなりの お教室に通い、いつも 上位入賞者メンバーにいた自分を 勝手に上手いと 思い込んでいた、なんか 嫌な思い上がりの自分もいたように思いますが…。
そんな時 決まって もう一人の子も 弾いてと 頼まれます。
その子は 全くの独学で 基礎も出来てなくて、私からみたら 酷い演奏そのもの。
そう思う自分は やはり 思い上がってたんでしょうね。
音楽的には 酷くても なぜか 聴いてる皆は 思い思いの表情で、何だか とても 気持ちよさそう。
私の演奏を聴いてる表情とは 全然違います。
私の時は 拍手喝采なのに、彼女の時は うっとりしてます。
拍手はないけど とにかく 気持ちよさそう。
こんな曲弾ける?って 言われると 音を探しながら ポロンポロンと鳴らしてみます。
つたないのに なぜか皆 納得な顔……。
なんで?!
不思議でした。
でも 今 思うのは その“気持ちいい”が とっても大事なんだってこと。
ピアノを習ってる人は どれだけいるでしょう。
その中で プロ、または 音大に進んだり 仕事にする人って どのくらいいるでしょう。
残念ながら コンクールをめぐって 一緒に切磋琢磨してきた仲間は 現在 誰ひとりとして 音楽に携わる者はいません。
燃え尽きてしまったんですね、きっと。
今だから明かしますが…。私が 音楽の道に進むと決めた時、恩師から 有り得ないくらい驚かれました。
練習もしない あなたが?2番手のあなたが?
そう言われました(-o-;)
私が努力しても まだまだ足りないと、あなたは トップは向いてない、すぐ調子に乗るから(図星です)2番手で かりかりして 闘争心に燃えてるのが 向いている。
こんな事を 常に言われてましたから。
なかなか 厳しいでしょ?
うちの生徒には ず~っと 音楽が好きでいてほしい。
だったら どんなレッスンを提供すればいいのかな。
そう考えると あの彼女のつたない演奏を思い出すのです。
基礎は きちんと身につけてあげれば、これだけは きちんと 正しく 厳しくね。
あとは 自主性に任せるしかない、そんな部分は 正直なところあります。
もう成人した 生徒たちもいますが、形をかえても 音楽に携わっている、自分を表現する手段に 音楽を選んでいる 元生徒たちの姿をみると これで良かったのかな、少しだけ そう思います。
もちろん はっきりこれで正解!とは なかなかいきませんけど、日々 切磋琢磨です、ホント。
高校生の頃は 色んな経験をしたな、って よく思い出します。
なにもかも 懐かしいです。
闘争心に燃え、思い込んでいた イヤな自分、あんなとげとげ感は もうありません。
ないはずだと思いますが……。
怪我をした後 治療に通っていて ずいぶん 欠席が続き、気の毒だったので
声をかけたら みてほしいと 親御さんから申し出があったので。
本来は 生徒側の理由による欠席の 補講はしません。
今回のように こちら側の配慮が必要な時には する場合もあります。
ほっとけば、という先生もいますが 私は そういう冷たい態度は どうも 苦手で(^-^;
ほっとけないんですねぇ。
私が常に 心掛けてること。
それは 楽しく、生涯 音楽好きでいてほしいことです。
また 高校生の時の話しなんですが……。
よく コンクールが近づくと クラスのみんなが 聴かせて、そう言ってくれて 音楽室のピアノの周りを 何重にもなって 聴いてくれました。
速い指の動きが見たい友達は こぞって 前にきたり。
今度は 私が前で見る番だとか わいわい言いながらね。
今思えば 本当に幸せ者です。
そして 真剣に聴いてくれて、前より こんなところが良くなったとか 感想も言ってくれました。
それなりの お教室に通い、いつも 上位入賞者メンバーにいた自分を 勝手に上手いと 思い込んでいた、なんか 嫌な思い上がりの自分もいたように思いますが…。
そんな時 決まって もう一人の子も 弾いてと 頼まれます。
その子は 全くの独学で 基礎も出来てなくて、私からみたら 酷い演奏そのもの。
そう思う自分は やはり 思い上がってたんでしょうね。
音楽的には 酷くても なぜか 聴いてる皆は 思い思いの表情で、何だか とても 気持ちよさそう。
私の演奏を聴いてる表情とは 全然違います。
私の時は 拍手喝采なのに、彼女の時は うっとりしてます。
拍手はないけど とにかく 気持ちよさそう。
こんな曲弾ける?って 言われると 音を探しながら ポロンポロンと鳴らしてみます。
つたないのに なぜか皆 納得な顔……。
なんで?!
不思議でした。
でも 今 思うのは その“気持ちいい”が とっても大事なんだってこと。
ピアノを習ってる人は どれだけいるでしょう。
その中で プロ、または 音大に進んだり 仕事にする人って どのくらいいるでしょう。
残念ながら コンクールをめぐって 一緒に切磋琢磨してきた仲間は 現在 誰ひとりとして 音楽に携わる者はいません。
燃え尽きてしまったんですね、きっと。
今だから明かしますが…。私が 音楽の道に進むと決めた時、恩師から 有り得ないくらい驚かれました。
練習もしない あなたが?2番手のあなたが?
そう言われました(-o-;)
私が努力しても まだまだ足りないと、あなたは トップは向いてない、すぐ調子に乗るから(図星です)2番手で かりかりして 闘争心に燃えてるのが 向いている。
こんな事を 常に言われてましたから。
なかなか 厳しいでしょ?
うちの生徒には ず~っと 音楽が好きでいてほしい。
だったら どんなレッスンを提供すればいいのかな。
そう考えると あの彼女のつたない演奏を思い出すのです。
基礎は きちんと身につけてあげれば、これだけは きちんと 正しく 厳しくね。
あとは 自主性に任せるしかない、そんな部分は 正直なところあります。
もう成人した 生徒たちもいますが、形をかえても 音楽に携わっている、自分を表現する手段に 音楽を選んでいる 元生徒たちの姿をみると これで良かったのかな、少しだけ そう思います。
もちろん はっきりこれで正解!とは なかなかいきませんけど、日々 切磋琢磨です、ホント。
高校生の頃は 色んな経験をしたな、って よく思い出します。
なにもかも 懐かしいです。
闘争心に燃え、思い込んでいた イヤな自分、あんなとげとげ感は もうありません。
ないはずだと思いますが……。