こんにちは。とうとう今日から7月です。そこで、情熱的な恋をお望みのあなたに
ピッタリの曲、ユーライアヒープの『7月の朝』をプレゼントします。
この曲は私も大好きでして、毎年7月に入ると聴きたくなります。アマチュアロックバンド時代、ボーカルだった私が歌った曲の中で、1番好きだったのが、レッドツェッペリンの『天国への階段』ですが、その次に好きだったのが、この曲です。最初は7月の朝陽を思わせるような静粛なムードの音色ですが、後半から7月のエネルギッシュな陽の光りと、情熱的でパワフルな感情を示した、正反対な音色に変わります。このような後半からムードが逆転する演奏は、この当時のヘビーロッカーの曲の特徴でした。最初から、ガンガンした曲のディープパープル等より、逆に激しさが伝わる気がします。
上の画像は、彼等が還暦を迎えた写真ですが,若い頃の彼等は、アフロヘアーに彩色のパンタロン、10何センチメートルのヒールの靴を履いていました。その後、世界のロッカー達の間で、そのスタイルが定着しましたね。元は、ロックの原型とも言えるイギリスのヘビーロッカー達が流行らせたのでしょう。曲中に香を焚いたり、ドライアイスの演出等も、そのようです。
この頃は、結婚に対する醜さ、女性の犠牲の大きさ、愛がなくなると何もなくなるという法律に矛盾した婚姻関係には、法律で裁くしかない事件化するものとは、全く頭になく、描くことは真っ白なウェディングドレスのみでした。あれは幻に過ぎません。花嫁という名目は、一時のシンデレラと言えましょう。
子供の頃、大胆な発想をする国語教師がいました。その教師いわく、『結婚なんて制度、廃止になれば良い。人間は裏切る動物だから。』という言葉の意味が、今になって理解出来ます。当時から彼は独身を貫き、『動物は人間を裏切らない』と言い、愛犬と暮らしていました。確かに、動物は人間を裏切りませんからね。
子猿が可愛くて好きで、よく子猿の動画を見るのですが、そこで必ず見るのが親猿、兄弟、他種の猿による子猿の虐待です。骨折や脱臼などの怪我は毎度のことで、時には手首から欠損してしまっていたり、唇が噛み切られていたりしている子猿を見かけますが、母猿は舐めることしかできません。幸運にもレスキューに助けられる子猿もいますが、親猿が子猿を話離さない限りは無理で、隙を見て何とか確保する状態なので、助け出すことができない子猿は、殆どが亡くなってしまいます。もっとも、子猿が生き延びれるのは半数に満たないと言われていますから。
虐待もそうですが、母猿が子猿を抱いたまま木に登り、子猿が木から落下するケースも多く、こんな小さな子猿と一緒に高い木に登る母猿が悪く見られますが、母猿は子猿にお乳を与えるのに、餌を確保しないとならないのです。人間のような保育園もなければ、子猿と母猿を父猿が扶養することもなく、誰も子猿を連れた親子を助けようとしません。従って母猿が生き延びるために、自ら餌を確保することになるのですが、そこで子猿に事故が起きるわけです。
最近のニュースで、育児放棄とやらが、しきりに謳われていますが、果たして母親だけを責めるべきでしょうか?全責任を母親一人が背負うという条件で育てていたわけではないと思います。何故、男親がいながらにして責任をとわれないのでしょうか?子どもは母親一人では生まれてきません。必ず父親の存在があります。こんな父親は猿と同じです。とは言いつつも、相談者の中にも夫に失踪されたり、突然家を出て行かれたりしてる女性もおりますが、親御様と疎遠のかたが多く、親御様が動いてくれないケースが多いようで、最後の手段は法の裁きしかなくなります。結婚とは人生の無駄なのでしょうか?
人間は一人で生まれ、一人で死んでいきます。人は一個人であり、一人がもっとも人間的に自然に生きられる手段なのでしょう。
神 彩琳


