遠くを見るのに 海はいい
7月10日 となりの 直子 おばあちゃんがなくなった
73歳の死
田舎暮らしをするために越してきたこの土地
庭の草むしりをしていると
直子さんも
庭にでてきて 草むしり
ふと見かけた葬祭場の告知
直子さんの文字が刻まれていた
家族は 静かに送りたかったのだろう
ここ 2、3日
お隣が 慌ただしかった
なんとなく 不自然
いろいろあったのだろう
なぁ 直子さん
あす、葬儀だねェ
天国にいってくださいね
散歩している姿も
山登りから帰って元気に話す姿も
フラダンスの仲間と踊る お祭りのときの姿も
忘れませんよ 直子さん
お通夜の お顔も お綺麗でした
引っ越してきて、もう5年
短い直子さんとのふれあいも
終わり
あすもかわらない 一日が はじまる
なぁ
で書き始めたものの
直子さん
わたしは、高校のとき
高村 光太郎の詩集を読んだ
そのとき
ひとことひとことを本当に、わかることができなかったと思う
智恵子が 病院で亡くなるとき
光太郎とふたりきりだったという
いや ふたりいっしょだったという
病院のベッドで
光太郎の手にあった レモン を
ガブリと噛んで
その 「 トパアズいろの香気 」で
めざめ
光太郎の手を強く握ったと
臨終の瞬間を 「 レモン哀歌 」は 描写している
最後の2行
光太郎は、62歳になり岩手の山奥にこもる
それから約7、8年
春を迎える度に
きっと
光太郎は 遺影に 桜とレモンを置いたのだろう
