たかじんのなんでも言って委員会の辛抱さん



太平洋を渡りたい!



という 夢が破れてしまいました。



そのときの映像が公開されています。



日本人は、国に守られている と実感されたと言われています。



日本人で良かったと・・・涙ながらに語られていました。



国を作っているのは、そこに住む国民ひとりひとりです。



その集まりで、運営されています。



その運営は、ひとの行うこと、集まりの行うことです。




わたしは、はるか昔


幼いころ


熊本県水俣市に住んでいました。


有明海に夕日が沈む、この街は海の眺望が最高です。


伊勢海老、太刀魚がたくさんいる海です。


春先は、3Kmか4Kmほど海岸線に桜並木が綺麗です。


今は、葉桜の季節です。


木漏れ日をぬって、海岸線を歩くと最高です。


アサリ貝やマテ貝もとれます。


幼稚園に通う頃


新聞に掲載されたことがあります。


両手のバケツに、いっぱいのアサリ貝を持っおて歩く姿が


ふうふう  と可愛かった?のでしょう。


その海は、私の生まれる7~8年前


水銀で汚染され


たくさんの方々が、この海の海産物を食べ不自由な体に


なってしまいました。


この海が、汚染され、食べたら危険だ


ということを


7~8年経過しても 語られることはありませんでした。


情報が共有されることに時間を要さない今を考えると


想像がつかない 


現実が そこにあります。


小さい頃、バケツいっぱいのアサリ貝を食べた少年は


約30年後神奈川県川崎市で行われていた


水俣病展の凄惨な写真を見ました。


そこに住み、そこでみた現実が展示されていました。


体の中に含まれる水銀の検査コーナーがありました。


髪の毛を提出して


どれくらいかして検査結果がきました。


基準値ぎりぎりでした。


五体満足であることを感謝しています。


時々 普通のひとより変わったことが体にあると


不安にもなることがあります。



辛抱さんの語られた


日本人で良かった


そんな言葉を これからも みなさんが語れる国に


するために


できることは


国民としての責任で


この国の在り方を みつめ 語ってほしいと


思います。


国は、守ることもあれば 手の届かないこともある。


救われる人


救われない人 も 現実 いるのです。


辛抱さんの今回のことを見て 感じたことです。