私は近所の個人病院に行った。
昔からある、ちょっと大きな個人病院だった。
医師は年配の男性だった。
妊娠しているのはわかっていたけれど、医師にそれを告げずに診察してもらった。
もしかしたら、間違いかもしれない・・・。
まだそんなことを思っていた。
結果は尿検査でも、内診でも、完全に妊娠・・・。
医師は、内診での超音波の映像を見せてくれた。
・・・・・!!!
まだ形もはっきりはわからなかったけれど、一生懸命動いている。
(このとき、私はセミのようだと思った。)
私はこの一生懸命動いている子を闇に葬ろうとしているのか・・・。
罪悪感が一気に襲ってきた。
でも、選択肢はないに等しいと思っていた。
できるだけ冷静に・・・。できるだけ感情を持たないようにしようと思った。
医師は当然出産を前提として、赤ちゃんの状態や妊婦としてのこれからの心構えなどを、たたみかけるように説明している。
『あの・・・。産まない方法を考えているんですが・・・。』
私は消え入るような声で言った。
医師は、あきれた顔をしていた。
そして、もの凄い剣幕で怒った。
『キミは中絶することはどんなことか知っているのかね!?
だいたい、僕は中絶を前提とする患者は受け付けない!
いたしかたないときは手術もするがね!!
そんなことはちゃんと調べてこの病院に来なさい!!』
『そんな考えだってわかっていたら、超音波の映像だって見せなかったよ!』
いらいらしながら、医師は中絶の説明を続けた。
『これが同意書だから、本人と相手の名前と住所を書いて持って来て下さい!!
その時に手術の予約をして下さい!
あと、12週を過ぎたら、死産届けが必要だから覚えといて!』
吐き捨てるように医師は早口でまくしたて、早く出て行けと言わんばかりに診察は終わった・・・。
まぁ、医師だって中絶の手術はしたくないよね・・・。
でも、もう少し配慮してくれても・・・。
思考回路が回らないまま、病院を出た。
私の脳裏には超音波で見た、あの『セミ』ちゃんがくっきり刻まれていた。
何度も何度も、記憶の中に蘇ってくる。
どうしたらいいんだろう・・・。
中絶しようと思っていたのに、その気持ちが大きく揺らいだ。
でも、この産婦人科で手術してもらうこともないし、たとえ出産することになっても、ここの病院を選択はしないだろうと思っていた。
私が中絶を言い出したあとの、医師の私を卑下した態度に打ちのめされた。
私だって、中絶したくてするんじゃない・・・。
その後、何度かまた違う産婦人科に行こうと思ったけれど、どうしてもあの『セミ』ちゃんを思い出して、行くことができなかった。
元夫はというと、私の思いを伝えても、
『オレがなんとかする!産んでくれ!』
その1点ばりだった。
なんとかするって・・・。
具体的にどうするのよ!
『結婚しよう!』
それがすんなりできたら、悩まない。
死産届けが必要になる12週になる前に、何を思ったのか、私は元彼(4)に電話をした。
妊娠のことは、その時は元夫しか知らなかった。
とにかく私は精神的に不安定だった。
産むのも悪。産まないのも悪。
こういうときは、以前なら元彼がいつも方向を示してくれていた。
もちろん、受け入れられないこともあったけれど。
とにかく元夫以外の客観的な意見を聞きたかった。
最後に元彼と会ってから、7ヶ月経っていた。
自分の都合のいい考え方だったけれど、元彼2のように、別れても友人でつきあえればいいなと思っていた。
何回かコールが鳴って、元彼が電話に出た。
普段の彼だった。
でも彼は、いろいろ話をしていくうちに信じられないことを口にし始めた・・・。