卒業式 | シングルママと不登校児のまいにち

卒業式

先週、ふうちゃんの卒業式に出席しました。


感動的な卒業式でしたよ。...と言いたいところですが、実際のところは晴れがましいというより、ちょっともやもやとした気持ちで帰って来ました。


式の途中、6年生の合唱がありました。 「あんまり上手じゃないけど、小学生だからこんなもんかねぇ~。」なんて思いながら聞いていたのですが、その後、6年生を送る側である5年生が合唱したのを聞いてびっくり。 6年生よりずっと上手なのです。


「は?この違いは何?」と、そこで非常に納得行かないものを感じました。


式が終わって、記念撮影の順番を待つ間、近所に住むお母さんと立ち話になったのですが、その人が言うには、今年の6年生は荒れていて、迎える側の中学校では厳戒態勢だということ、この卒業式でも本当は一人一人が将来の夢を言うはずであったが、あまりに野次などがひどく、収集がつかないのでカットされたことなどを聞かされました。


いや、ふうちゃんの話や、倫太郎の先生の話の断片などから、ふうちゃんの学年がどうも手におえないらしいというようなことは感じていたのですが、学級崩壊とまでは行ってないみたいだし、具体的なことは直接見ていないから何も分からないし、まあまあ大丈夫なんでしょうくらいにしか思っていなかったのです。


けど、その日の合唱やら、近所の人の話やらを聞かされて、「なにそれ。」って感じでした。


そんなとこに私は我が子をやっていたのかと、そしてこれからもそのまま中学に行かせなければいけないのかと、暗澹たる気持ちになってしまいました。


倫太郎の先生が、「今年の6年生と4年生は『当たり年』で...(ふうちゃんは)あの学年でサバイバルしているんだからたいしたもんですよ。」ともらしていたのを思い出しました。


でもね、私はふうちゃんが4年生の頃を思い出すのです。 担任の先生がとても不思議な感じの人で、声も小さいし、別に怒鳴ったりするわけでも何でもないのに、クラスがとても落ち着いていたことを。 そして運動会のロックソーランも、それはそれは感動するくらいみんな上手だったのですよ。


それがいつからこうなったのか... あのね、もちろん子供たちの中には荒れる原因になってしまう子が何人かいるのかもしれないですよ。 でもその影響を全員に行き渡らせてしまうというのは、それは指導力不足ってことじゃないのかなぁ。 それを「この学年は当たり年だからしょうがない」みたいなふうにあきらめてたんだとしたらがっかりです。


ふうちゃんは、卒業式が終わって春休みに入ってからなんだか毎日にこやかに過ごしています。 これまでふうちゃんは言うことが本当にきつくて、「なんでこの子は普通に言えばいいことをこんなにきつい調子でしゃべるんだろう。」と、嫌な気持ちにさせられることがしばしばでした。 ちょっとしたことで「まじウザイ」「死ねっ」「ムカツク」などの言葉のオンパレードなのです。 時にはこっちがムカついて平手打ちをくわせたくなるくらい。


でもふと気付いたら春休みに入ってからまだそういう言葉を聞いてないし、顔つきもニコニコして穏やかなのでした。 もしかして何も考えてないと思っていたふうちゃんも、学校で相当なストレスを感じていたのだろうか... と、思ったりして。


そんなに神経すり減らしてまで、行かなきゃいけない場所じゃないよ、学校は。 と思う私でした...