もう1つ、とりとめのない事だけど最近僕が思っている事を書いてみる。
子供がまだ赤ちゃんの時から、僕はなるべく子供に関わる様にしてきたつもり。
だから、子供がまだ小さい頃は、週末に1人で出掛ける事なんて稀だった。
それに対して、お前たちの為に働いてるんだ、とか、お前たちのせいで自由な時間が無いんだ、なんて事は決して言ったりはしない。
子供の為とか奥さんの為とかではなくて、子供が父親と関わる期間なんてそう長くないだろうから、その間くらいは一杯関わっておこうって思っただけ。
現に、上の子供は中学生になり、下の子供も小学生高学年になり、随分と手が掛からなくなった。
だから週末に独りで山に行ったりも出来る。
だからといって毎週毎週家族を放り出して独りで遊び呆けている訳でもなくて、一応家族の都合を優先して、何も予定が無い時でも子供に「何処か行きたい所有る? 見たい物有る?」って聞いてるんだけど、本屋に行きたいとか、ゲーム見に行きたいとか、アニメイトに行きたいとか言う時もあるけど、「特に無い」って言う事も多い。
それを聞いて、コレ幸いって出掛けてしまったりするんだけど。
僕自身、中学生の頃なんて日曜日の昼間からゲームしたり、アニメ見てたりして天気が良くても家でゴロゴロしてたから、ある意味まっとうな遺伝と言えなくも無いんだけど、自分の子供に対して僕はそれで良いんだろうか?って疑問に思った。
と言うのは、
「特に無い」
と言う子供に対して、
「じゃあ○○は?」
って、子供が興味を持ちそうな何らかの物事を提示出来ないでいるっていう事なんだ。
山登りとかバイクとか、僕の得意分野に引きずり込むのも手なんだけど、それより、子供が何に興味を持って、どんな事をしたいのか真剣に考えてるんだろうか。
ゲームが好きだから、アニメが好きだからっていうだけで、それに関する事だけ与えて、世の中にはもっといろんな面白い事が沢山有るんだって事を示せないで居る。
今はネットで何でも分かるって言うけど、ネットで調べるにはまず具体性が必要だ。
「中学生が日曜日に楽しいと思える事」なんて曖昧な事は調べられない。
いや、調べられない事はないんだろうけど、経験も知識も乏しく、生活範囲は極めて狭い子供が思いつく事ってそれ程多くないのかもしれない。
活発な子供なら自分でどんどん進んで行ってしまうから、人によるのかもしれないんだけど、そうじゃない子供に対して僕は何かフォローする事が出来るんだろうか。
何も毎週毎週出掛ける必要は無いし、自宅でも出来る事は沢山有るし、家でごろごろして何もしないっていうのが悪いとは言わないけど、沢山有る選択肢の中から「何もしない」を選ぶのと、何も出来ないから仕方なく「何もしない」というのでは大きな差が有ると思う。
子供が小さい頃は別に深く考えなくても良かった。
子供にとって見るもの全てが新鮮で興味の対象で、近くの公園へ行くのだって一大イベントだし、お父さんは大きくて偉大で絶対だから無条件に慕われる。
でも、有る程度大きくなるともう誤魔化せない。
それは大人になりつつあるっていう事でもあるし、個性を持ちだした事でも有るんだけど、そんな子供に対して面白い事の1つも提示出来ないっていうのは、つまんない大人なのかなって思う。
大きな子供を満足させられるかどうかって、何だか人間力を問われている気がする。