バイクにしても楽器にしても登山にしても、気の合う仲間が居るという事はとても幸せな事だと思う。
例えば、「バイク乗ってます」って言うだけで会話が出来たり、一緒に出掛けたりする事は出来る。
でも、一緒に居て心底楽しめる人はそうそう居ない。
それはバイクのカテゴリーで有るとか、モチベーションの度合いであるとか、ライディングに関心が有るのか、ツーリングに関心が有るのか、メカニズムか、メンテナンスか、カスタマイズか、つまりその人のバイクに対する考えや価値観がどうなのかによって全然違ってくるから。
単に「バイクに乗っている」、「バイクが好き」という共通点だけでは不十分なんだ。
もちろん、それだけで会話を弾ませる事は出来るし、一緒に楽しむ事は出来る。
でも、絶えず何処かで相手に話を合わせたり、妥協したり、我慢したりする事が出てくる。
本当に思い切り本音をぶつけられる人は、僕は今までに1人しか出会った事が無い。
山登りにしてもそう。
山登りの場合はバイクや他の趣味よりももっと深刻かもしれない。
バイクの様に「現地集合で」という訳にはいかないし、途中で「やっぱり先に帰る」っていう訳にもいかないから。
有る程度以上の山になると、体力的にも精神的にも余裕が無くなってくる。
そんな中で自分と合わない言動を取られ、仲間に気を遣わなければいけないのは耐え難い。
似たり寄ったりのペースで行動出来るのかとか、気を遣わずに何でも言えるのかとか、そういう事ってとても大事なんじゃないかな。
特に気を遣わずに何でも言えるかどうか。
それは相手の事を理解して信用していないと出来ない事だと思うし、それが出来ないと何らかのトラブルが起きた時に厄介な事になりかねない。
ハイキングとか、1、2時間で終わる様な山ならそれでも構わないし、もちろんお互い様で僕も相手に煙たがられる存在に成り得るんだけど。
山登り仲間も、そういう稀有な仲間が1人だけ居たんだけど、いろいろ事情が有って一緒に登れくなってしまった。
バイクでも山でも何でも、家族が送り出してくれるのは幸せな事だと思う。
信用できる仲間が居るっていう事もまた、それだけでとても幸せな事だと思う。