ある日の休憩中、「センパイ!」ソイツは俺の前にケータイを差し出してきた。
ケータイにはモルタルの壁が土の上に建っているような画像が写し出されていたが薄暗くてよくわからない。
なにこれ?「コレ!オフロ!」
はぁ?
「ワタシノ家!」
おおー!!!
ローンを組んで念願のマイホームを建て出したようだ。
その価格、なんと200万円。
日本では考えられない値段だがインドネシアではそれなりの相場なのだろう。
その後も外観やキッチンらしい泥まみれでよくわからない画像を満ち足りた表情で俺に見せてきた。
しばらくして、ソイツはまた俺の前にケータイ差し出してきた。
そこには真新しい部屋の中で可愛らしい2人女の子がソファの上で転がっている画像が写し出されていた。
やる気になったソイツは次は車を買うと息巻いて俺に言う。
あーそう。頑張れよ。
こちとら機材車の管理費に頭を抱えている。
それでもソイツはやっぱりスズキよりトヨタだと豪語する。
まったく、ホンダ産のウチの機材車の立場はどうなる。
新たなる目標を得たソイツは要領を得た仕事をそつなくこなし邁進していた。
の、だが。
それは昨日のことだった。
俺の隣のポジションで仕事をしていたソイツが声をかけてきた。
「センパイ」
いつもよりトーンが低い。
何?振り向くと思い詰めた表情でソイツは立っていた。
「…ワタシ…ホントハ愛シテル人ガイル…」
「…………」
恋人に別れを告げるようなセリフ、、、あれ?俺、フラれたのかな?
いやいや!俺とソイツは恋人でもないしゲイでもない。
聞けば日本に働きに来ているインドネシア人のコミュニティで知り合った女子を好きになったらしい。
ははぁーん。
そうかそうか。日本に単身赴任で来て2年半。
ユニコーンも「枕が変わってもやっぱりするこた同じ」と歌っている。
まあ、やっちまったもんはしょうがない。
そんなこともあるだろうさと取りなすと。
「チガウヨ!ソンナコトシナイヨ!」
なんだよ。
じゃあキスでもしたのか?
笑いながらシナイヨ!
なんなんだよ!
じゃあ手でも握ったのか?
呆れながらシナイヨ。
いったいなんなんだよ!!!
イスラム教徒には結婚前の女性に男は触れてはならないというルールが課せられているらしい。
キスや手を握るなんてのはもちろん、肩に触れるのもダメとのこと。
その女子とは数人でメシを食い行ったり電話で話す程度の間柄だという。
嫁入り前の娘さん。
かつて、日本にもあった貞操観念を今尚受け継ぎ続ける彼等にとってこれはかなりのタブーらしい。
純潔を大切にする美しい民族なのだ。
しかし、結婚後の女性には触れようが触れまいがまったく問題なくなるというずいぶん雑にあたり、むしろセクハラを感じてしまう。
ともかく、自分の背負うカルマに耐えきれなくったソイツはそれを俺にブチまけてきたのだ。
「ワタシノ心ガホントニ愛シテル…」
んー。ほんで。どうしたい?
「センパイ!ワタシハドウスレバイイ!!」
知るか!
中学生じゃあるまいし、だいたいお前には国でお前の帰りを待っている妻と娘たちがいるのだろう!その女にお前が走ったら家族はどうなる!?
いい加減面倒になり邪険に振り払う。
それでもソイツは思い詰めた表情を崩さず俺の前から立ち去らない。
「………」
よし!わかった!
国へ帰るまでの半年間は彼女に会えばいい。
こっち側で言う何もしなければいい。
そして国に帰って家族と過ごして彼女のビザが切れて帰ってくる2年後になっても忘れられてなければインドネシアで会えばいい。
そしてその時考えればいい。
そう言うとソイツは腑に落ちないといった表情でとぼとぼと仕事に戻っていった。
昼の休憩を挟んでからどうするのかと聞いてみる。
「ワタシノ愛シテルイチバンハ妻!」
じゃあ彼女は?
「カノジョモ愛シテル」
苦笑いしながら答える。
単純な奴。
どうやらこの件は終息に向かい始めたらしい。
してやったりとニヤつく俺に。
ダレニモイワナイデ!照れながら奴は言う。
言わないでと言われると言いたくなるのが王様の耳はロバの耳。
職場の人に言うのは少々気がひける。
ならばここだとコイツを投下することにした。
奴は俺がブログをやっていることを知らなければ日本語を読むこともできない。
悪く思うな。アラーもすでに俺を許している。
最後に
まあ、あれだ、誰にでも一つや二つはあるもんさと言ってやると
「デモセンパイ結婚シテナイネww」
うっさい!ボケ!!
まったく、口の減らない奴なのだ。