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『土佐の雄』






その男に初めて会ったのは東京。確か渋谷だっだ。




もう10数年前。
東京に拠点を移す前に遠征してライブを終えた後で少し話した。
引き合わせてくれたのは先に上京していた滋賀の先輩。

粗暴なところを持つ反面、尊敬に値する相手にはとことん礼を尽くす彼等はその尊敬する先輩の紹介とあって人見知りするおれとの堅苦しいながらの会話にも真摯な対応をしてくれた。



その彼等がやっていたバンドがFROM YOUTHだ。
何度かライブにも誘ってもらいその当時のオンエアーイーストかウエストか忘れたが彼のレコ発企画にも参戦。
ライブ中三曲目くらいに佐佐木が足のじん帯を損傷し倒れながらも曲を終えるがそのまま病院へ搬送された。




その後日比谷野音での企画にも誘ってもらい参戦するも音響トラブルで曲中に音が切れまくり、キレてはないがまたも三曲目くらいで終演。

とまあなかなかいいところを見せられずという思い出が深い。




ちなみにその野音には昭和キッズのヒーロー高橋名人も弾き語りで参戦していて度肝をぬかれた。





しかし、バブルのブームを生き抜いた男のステージはどこかシュールでゲームタイトルを唄った「バクってハニー」を演奏している姿を見て


”あー。この人もバクってるな…”


…密かに思い、ライブ後にスターソルジャーの話をする気にはなれなかった。







FROM YOUTHは内面を隠さず弱さも吐き出すようなまっすぐなバンドだった。
そのストレートな男の唄に惹かれてスキンズ界の重鎮、鐡槌のドラムの千葉さんもいつもライブに来ていた。

そのバンドでギターとサイドボーカルをしていたのが5月2日に高知のライブをTUSKSと共同企画してくれたその男。マコだ。






ちょっとかわいらしい顔をしてるが漢気溢れる信念を持って生きる益荒男だ。




とはいえ、私生活は自由なもんで高円寺付近に生息していた我々はことあるごとに集まり酒を飲んではバカ話に明け暮れていた。
我々は基本的にはアホで形成されている。





そのあと帰り道で我に返って。。

まあバンドマンなんてそんなもんだ。








それから月日が流れ、おれはバンドやめてマコとも次第に疎遠となっていった。









***






レコーディングを終えてそろそろ新年を迎えようかという2015年の終わりかけに高知のライブが舞い込んできた。
行ったこともない所だか高知で思いつくのは。



マコだった。



高知に帰っているのは知っていたが子供もいるし何年も連絡とってないしどうかな?
思いつつもライブに来ないかと誘いをかける。

すぐに行くと返事がきた。



そして年末、高知のクロスポイントで再会を果たすも時間の都合で居酒屋で一杯飲んで帰るハメに。
佐佐木と共に再会を約束して帰路についたのだった。








いよいよCDのリリースも迫ってきた時。佐佐木が言う。


「高知行きたいなぁ。」


確かに。

高知は一度だけの土地だが好きだ。



幾度も旅を続けていると行った瞬間に好きな土地がわかる。

あー。ここ好きやわ。って。

だから着いた時からまた来ようってお互い連呼していた。







マコに電話をかける。

二つ返事が返ってくる。

「出来ることはするき!」


そう言って電話を切ったのだかこの”出来ること”がすごかった。







ライブハウスを抑えて企画を打つというところに留まらずTSUTAYAでの視聴機付きのコーナー展開、テレビ局と交渉して番組で取り上げてもらうなど、この男ホンマにカタギかと思うほどの有言実行どころではない活躍をしてくれた。




アンタどんなけ出来んねん!?
驚くおれにヤツは言う




「マジで売れて欲しいで」





これはヘタなことできんなと意気込みつつも終わってからの飲みを楽しみにしている今日なのです。