すべての向精神薬を断薬し
生きていることを楽しんだ数か月のあと
今後を考えて、不安や憂うつにつぶされそうになった時に
ある本を読みました
『自分を傷つけずにはいられない』
松本俊彦 著
後から知ったのですが、著者は有名な精神科医で
ベンゾ問題にもかかわっている方だそうです
図書館で借りてきたのですが
なぜこの本を借りたのか?そのきっかけも、何を見て借りようと思ったのか
全く思い出せないのですが 借りて読みました
内容は、中高生の自傷について書かれていて
自傷をしている中高生に対して語りかけるような文体で書かれています
何か目的があって読んだわけではないのですが
やたらと、心に刺さったり、「そうなの!?」と発見があったり、、、
そんな文章があちこちに出てくるのです
勝手に抜粋してしまいますが
・コントロールできない痛み(心)を、コントロールできる痛み(身体)でなんとかしようとするのが自傷
・自己治療仮説・・・物質の薬理作用が、その人の欠点やコンプレックスをうまく埋め合わされてくれ、
それまで抱えていた生きづらさをやわらげてくれるというメリットがある
・物質乱用・依存とは、人に頼らずに「自分をコントロール」するための手段
・「人に助けを求めても無駄だ 人は必ず裏切る」という強い人間不信がある一方、
「しかし、薬は私を裏切らない」という思い込み
・自分が体験する苦痛を「ヒト=人とのつながり」のなかで解消しようとせず、
「行為=コト」や薬のような「モノ」といった、
自分でコントロールできるものを用いて解決しようとする傾向があります
[人を信頼することの障害]
自傷をしている中高生にむけて書かれているだろう言葉に
おっさんである自分に、やたら響いたり、刺さったり、納得を与えるのです
今の精神科医療(ベンゾ)の問題は、ひどすぎると思います
でも、自分はたしかに、
明らかに薬で解決できない問題を精神科医に丸投げして
薬が出されれるまで病院をはしごして、つけられた病名に安心し、
そうして 処方薬依存が始まったのです
整形外科、耳鼻科、内科、産婦人科など、精神的な問題ではないケガや病気から
ベンゾを処方されて処方薬依存に陥った方々と自分は違うのです
以前、アルコールやギャンブル依存の方に対して、
「自分は、処方薬依存だ
自分は、医者が処方する量しか飲んでない
飲みたくて飲んだわけではない
だから、あなた方アルコールやギャンブル依存の方と自分は違う」
そう思い、引いた境界線
でも、その境界の内側に、思いっきり自分も入っていたのだと
今になってようやくわかってきました
そして、この本には、終わりのほうでこんな風に書かれていました
・何とか人に助けを求めたり、相談することをやめないでほしい
自傷する中高生に対して
たくさんのサポーターを持つよう、
多くの相談機関につながるよう、
訴えています
この言葉に押されて
ずっと、ほんとは行きたかった会に行くことにしました
"距離が遠くて飛行機使わないといけないし、働いてないのにお金かかるし"
"断薬してしまった自分が行っても意味ないんじゃないか"
"ここで仲間にはいれなかったら、もう頼れるところないよ"
"体が万全じゃないし、途中で力尽きたらどうしよう"
などと、
無限に出てくる"行かない言い訳"を辞めて
行ってみようと決めました