今日、ふとその聖書箇所を思い出した

 
 
聖書の中に、姦通罪で捕まえられた女性をめぐって、主イエスと律法主義者たちが対決する場面(ヨハネ福音書8の1〜11)があります
旧約の律法では、姦淫罪は石打で死刑にされることになっていましたが
判断を求められた主イエス
 
「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」と答えられました。
すると年長者から始まって一人また一人と、立ち去ってしまったと記されています
この出来事は、この世界には罪を犯したことのないものは一人もなく、自分の正しさを根拠に人を裁く権利や資格を持つ者は誰もいないことを明らかにしています
更に、一人の人間の罪は、それを傍観している人の側にもあること。
また、一人の人が罪を犯す事になった背景にある社会的責任は社会のすべての人にあることをも意味しています。
キリストはその女性を裁き、排除することより、そこで起こった問題をみんなの問題として受け止めることを求め、その人の立ち直りのために赦しと愛とを与えられたのです。
 
 
去年の今頃、飲んだくれてたときに
断酒のコミュニティの一部からまさに
そんな扱いを受けてた
 
覚えてないけれど自分でも
よっぽど酷かったのだと思う
 
お前は人間じゃない
死んだ方がいい
 
そんな言葉を浴びせられた
 
 
実はもっとある
 
 
今、思い返してみると
元々私の事が嫌いで
スリップした瞬間を狙って
弱ってる私に追い討ちを
かけたかったのだと思う
 
 
同じ問題を抱える人々が
(その後、慰謝料と言う形で和解しました)
 
 
四面楚歌のようなそんな中で一部の人が助けてくれた
 
「あなた達も飲んだくれてた時期があったでしょう。
失敗してるから断酒してるのではないですか。
なぜ彼を責めるのか」
 
そう言ってくれた人
 
まさに、僕にとって
その聖書に書かれているキリストと同じように見えた
地獄に仏とはこの事だとも
 
世の中には、石を投げる人も居れば
救いの手を伸ばす神様のように徳や魂の位が高い人たちがいる
本人は気づかないのだろうけど
 
僕が回復することを信じてくれた
 
回復した今
素面の心で改めて伝えたい
 
 
あなたの言葉で
命が救われました
 
 
見ているか見ていないかわからないけれど
感謝を伝えたいと思います
 
私がこうして回復できたのは
信じてくれた人たちを裏切りたくないからという
強い思いがあるから