今日の晩ごはん
晩ご飯の献立、毎日のように迷ってしまいます![]()
が、そんなときは、すかさずクックパッド(→Link
)を検索しちゃいます![]()
今日は子供たちに前からリクエストされていた、鶏の軟骨のからあげを検索。
たくさん出てきましたが、一番美味しそうだったmomocoさんのレシピ を使わせていただきました♪
我が家は全員にんにく大好きなので、レシピよりもかなり多めににんにくを入れました![]()
たくさん作ったので、明後日のお弁当にも入れようと思います♪
行ってきます
今日から29日土曜日まで、香港へ行ってきます♪
香港へ行くのは、実は3回目。
また激空きのディズニーランドへ行ってきます。(*^_^*)
東京とは比べものにならないぐらい空いているのです。
旅行中の28日が、息子の誕生日なので、あちらでお祝いしてきます。
ちょうどディズニーランドホテルに泊まっている日なのです~。
また帰ってきたら写真など載せますね!
行ってきます~。
はじめまして
はじめまして。
今日からアメブロを始めてみました。
横浜市在住、6歳年長娘と4歳年少息子の母です。
「はじめまして」と書いてはみましたが、実はネット日記歴はかれこれ6年。
娘を出産直前よりHPを立ち上げ、ぼちぼちと更新していました。
そこで最初はテキスト→CGIで書いていた日記を、ヤプログに移し、同時進行でmixiで日記をつけるようになると、今度はすっかりHP&ブログは開店休業状態に・・・。(^^;
5年ほど細々とmixiで日記を書いてきましたが、最近mixi日記にちょっと飽きてきました。(^^;;
mixi日記はマイミクに公開を限定できるため、安心して子供の写真も載せられるし、ぶっちゃけトークもできるけど、本来のネットの醍醐味(=見知らぬ人とコミュニケーションをはかれる・お友達になれること)が、そうするとすごーーく薄まっちゃうように感じていました。
HPをしばらくやっていたときは、リングや同盟で、色々なネットのお友達が増えました♪
その後リアルでお会いしてお友達になった方もいるし、お会いしたことは一度も無くても、ずっとお互いの日記を読み合っている方もいます。
久しぶりに、そういうコミュニケーションがはかれたらうれしいな~と思っています。(*^^*)
しばらくはmixiとの二刀流で、更新しようかと思っていますが、うまく続くかなぁ・・・。(^^;
最近、長年憧れていたハンドメイド生活をようやく始めたので、超初心者ですが、ぼちぼち作品を載せられたらな~とも思っています。
みなさまよろしくお願い致します♪
目に見えざるものと、前を向く決意
mixiにアップしていた日記のコピーです。
1年経ってからアップしていますので、コメントは閉じさせていただきますね。
何か伝えたいと思ってくださった方は、今(2010年の日記)にでも、コメントくださいね。(^^)
***
目に見えないものの存在、信じていますか?
生まれる前の世界。死んだ後の世界。
私はそういうの、有りだと思っています。
別に、すべてにおいてスピリチュアルな生活をしている訳でもなく、それを盲信している訳でもないけれど、だんな(とだんなのお母さん)がカンが鋭いことも有り、そういうのもあるよね、と否定はしていない。
そんなの絶対無い、インチキだよと思う方は、以下の内容はスルーして下さい。
かなりの長文です。
今までかなり前向きな気持ちでいたのですが(そして今現在はまた、前向きなのですが)、一度深みにはまり込んでいました・・・。
告別式も終わって少し落ち着き、でも、やるせない気持ちもあって・・・。
やめたほうがいい、という警告を自分の中に感じながらも、mixiの「突然死(SIDS)」のコミュをのぞいてしまった・・・。
やっぱりやめておけばよかった。
コミュの趣旨としては、「突然死を減らそう。自分たちのような悲しい思いをする人を減らそう」という感じらしいんだけど、「はじめまして」のトピからして、自分の子はこんな風に亡くなった、何故?どうして?という怨念のような想いが渦巻いていて。
参加者の中には、「自分の子を突然死させないために勉強したい」なんていう人もいて、実際に我が子を亡くした訳ではない参加者の無神経な発言に、憤っている人もいたりして。
ここをのぞくまでは、5人家族に慣れてしまったら4人は寂しいから、ひろがいいよって言ってくれるならばすぐにでも4人目がほしいね、なんてだんなと言っていたのに、「一人目が突然死したから、二人目なんて怖くて考えられない」という意見の人が多いのを読んで、私って無神経?脳天気?!・・・と落ち込んできて。
舌癒着と突然死の因果関係を研究している先生がいることもそこで知り、また落ち込み・・・。
すっかりマイナスのオーラに当てられてしまった・・・。
傷の舐め合いというか、不幸自慢というか・・・。
「つらいのは私だけじゃないんだ」という想いで、救われる人がいるのも否定しない。
でも、「私」はそういうのはダメなんだ。
マイナスの気持ちに引きずられて、前向きだった気持ちがしぼんで行ってしまう。
自分でもおかしいとわかっていても、もうどうすることもできなくて。
呼吸が浅くしか吸えなくなって、上の子たちのもやさしくなれなくなって。
あまりにも豹変した私の様子を心配して、だんながある方に連絡をとって、お会いできるように約束を取り付けてくれました。
その方とは、ひろを出産した病院が縁で知り合いました。
ひろを産んだ病院は、胎内記憶で有名な先生の個人産院です。
胎内記憶って知っている?
赤ちゃんが生まれる前、ママのおなかの中にいたときのことや、お空の上にいたときの記憶のこと。
それを覚えたまま生まれてくる子がいるんだよね。
以前の日記に書いたことがあるんだけれど、ひろがおなかの中にいた頃、娘に、おなかの中にいたときのことや、お空の上にいたときのことを聞いたら、
「○○(=娘)は、××ちゃん(=長男)と、そとちゃん(娘がつけた、ひろの胎児名)と一緒に、お空の雲の上で遊んでいたんだよ。みんなで手をつないでくるくる回っていたんだよ」
「すべり台みたいなのでシューってすべって、おかあさんのおなかに入ったの」
という答えが返ってきました。
作り話かもしれないよね。
でも、娘が言うから、きっとそうなんだろうな、と私は思った。
先生がそういう方なので、ヒーリングの講座などもその病院ではやっていて。
出産後、病院からの出産お祝いと言うことで、私もセラピストさんにお会いしました。
一つは音楽を聴きながら、身体に振動を与える「サウンドヒーリング」だったかな?
もう一つが、今回もお会いしたセラピストさんの「クォンタムタッチ」でした。
「クォンタムタッチ」とは、分かりやすく言えばハンドパワーってことなのかな?
掌から気を送ってくれて、悪いところを良くしてくれるというか・・・。
ご挨拶は入院中にしていたのだけれど、実際の体験は退院後に病院へ行ったときでした。産後1週間ぐらいだったかな?
ひろと一緒でいい、と言って下さったので、一緒に見てもらったのだけれど、不思議なことに、セラピストさんが気を送ると、さわってもいないのに、操っているかのようにひろの手がぱたんぱたん動くんだよね。
私も、腰のあたりや肩のあたりなど、気を送ってもらったんだけど、勝手に腕は揺れちゃうし、すごーーーく温かくなるし、本当に不思議だった。
そして、その方は目に見えないものを感じる方で、色々なことをお話ししました。
ひろのこと、上の子たちのこと、自分のこと。
ひろのことは、
「この子は、あなたに育児の楽しさや素晴らしさを教えてくれる子よ。あなたはそのままのあなたで良い、と教えてくれる子よ」
娘のことは、
「この子は小さな大人なの。だから、良く話を聞いてあげて、何でも自分で決めさせてあげたほうが良いわよ」
「何か(下の子のお世話など)してもらって、申し訳なく思う必要は無いのよ。『いつもありがとう。助かるわ』って言ってあげればいいのよ」
長男のことは、すでにひろを出産した頃、長男との接し方には悩んでいたんだけれど・・・。
あまりにも一人だけ雰囲気が違うから、最初はうちの兄弟と思わなかったらしい・・・。
「一人だけ混じってこないでしょう?輪から外れているでしょう?自分でわきまえちゃってるのよ」
「今はあなたの悪い影響しか受けていないけれど、あなたが変われば一番変わるのはこの子よ。いっぱい抱きしめてあげることよ」
そして。
告別式にいらして下さった方には、覚えがあるかな・・・。
だんなは少しカンの鋭いところ、つまりは目に見えないものを感じるところがあるのだけれど、長男ができた頃、長男がだんなのところへ挨拶へ来たらしいのね。
ただ、それは女の子だった、と。
セラピストさんは長男のことを、
「女の子のようなオーラを持っているわね」
と言っていて、だんなのその話をしたら、
「じゃあ女の子だったのが途中で変わったのね。娘ちゃんが強いから、女の子で生まれるとつぶされると思って男の子に変わって来たのよ」と。
セラピストさんが言うには、良くあることなんだって。
だんなにその話をしたら、かなり納得がいったらしい。
自分のことは、
「あなたはそのままでも十分頑張ってる。十分良い子。もうこれ以上頑張らなくていいのよ。そのままのあなたでいいのよ。自分に甘くなければ、人にも優しくできないよ」
そんな感じのことを言われました。
私は、立っていても歌っていても、右肩が妙に上がっているんだけれど、
「子供の頃にここ(右の鎖骨)を大怪我したりしなかった?」と言われ、そんなことは無いです、とお伝えしたら、
「じゃあ過去生かもしれないね」と言われ、触れているうちにポロポロ泣き出して・・・。
何かは分からないけれど、過去に相当大きな何かがあったみたいです。
だから、「ありがとうね~」とたまに右の鎖骨をさすってあげなさいね、と言われました。
「あなたは歌っているとすごく輝く人よ。ヨガの呼吸法もいいわよ」
とも言われたな~。
とても不思議な体験で、でも、だんなに話したら、これからも子育てなり、何かに迷ったら、会ってきたらいいよ、と言われていました。
それが、今回ひろが亡くなり・・・。
実は、だんながセラピストさんに電話する前に、彼女はひろを取り上げてくれた助産師さんに偶然会って、ひろの死を知ったらしいです。
そして、きっと私が会いに来るだろうな、と思っていたそうです。
セラピストさんのご自宅へは、13日の午後13時にお邪魔しました。
だんなはこんな状態の私を置いては、安心して仕事にもいけない、と思ったようです。
電話して、翌日の仕事を休み、会えるように約束をしてくれました。
「こんなに早く来るとは思っていなかったわ。色々わかっていて、そして覚悟をして来たのね」と言われました。
だんなの電話したタイミングも絶妙だったらしく、その日は朝からずっと仕事で、その後も電話でのお仕事が詰まっていたそうです。
その一瞬の隙間にだんなが電話をかけ、そしてたまたま翌日がオフの日で、まったくお仕事を入れていなかったので、ゆっくりとお話しすることができました。
「私は話してくれないと(ひろからの)メッセージを伝えられないので、何でも話して下さい」と言われたので、ひろの死んだときのことから話し始めました。
そこで最初に言われたこと。
「この子は、もっと早くに逝くはずだったのよ。でも、あまりにも楽しくて楽しくて、長く居過ぎちゃったのよ」
不思議と、「やっぱり」という気がしました。
ひろが死んで、一度だけ、「この子はもしかして、もっと早くにいなくなるはすだったのかも」とよぎったことがあったので・・・。
魂って、ふわふわ浮いていて、とても気持ちの良い状態なんだって。
「人」という箱に入っているでけで、魂にとっては窮屈で、「悲しみ」「怒り」などにさらされて苦しい状態なんだとか。
だから、死んでしまうと、残されたほうにとっては悲しいけれど、死んでしまった魂にとっては、とても楽で気持ちが良く、良い状態なんだって。
人は、生まれるときと死ぬときは、自分で選べるんだとか。
生きている期限は、書き換えることができるらしい。
けど、書き換えるとその分魂にとっては負担がかかるんだとか。
ひろは、あまりも、楽しくて、期限を書き換えて書き換えて1年半生きてきたけれど、これ以上長く伸ばすと、娘や長男がツライことになるから、もういかなくちゃ、と自分で決めて行ってしまったらしい。
「だって笑っていたでしょう?」と。「自分で決めて行ったのよ」と。
ひろは、生まれてきてくれたこと自体、私やだんなに、命や愛することの大切さを教えるために来てくれたんだって。
ただ、あまりにも早く行ってしまうと、逆に後悔しか残らないから、期限を少し書き変えて。
そのうちに楽しくて、もっともっと、と長く居すぎてしまったらしい。
ひろが死んだとき、私が娘や長男に怒りすぎだから、自分がいると、にぃにが可哀想だから・・・と、ひろは行ってしまったのかな?と、ぼんやり思った。
基本は同じなんだけどね。
それは後悔に基づく考え方で。
私がもっと良いお母さんだったら・・・。
私のせいで。
そう思ったのだけれど。
「もうパパもママも大丈夫、と思ったから、今行ったんだよ」と言われて。
「怒りすぎだから行くよ」ではなく、「もっとにぃにやねぇねを大事にしてあげてね」ってことなんだ、と思った。
昨年の11月頃、ようやく本当の意味で
「自分って頑張ってる。うまくいかなくて落ち込むことも多いけど、それでもがんばっててエライじゃん。ヨシヨシ」
って思えるようになって。
「だからなおさら安心して行ったんだね」って言われた。
ひろが死んだとき、一緒にいたのはだんなだったんだけれど、
「最期をパパに見送ってもらいたかったのよ」と言われました。
「色々あっても、見送ってくれたらそれでもういいよ、ってことだったのよ」って。
だんなはその日、疲れてはいたけれど、酔っぱらっていたわけでも無く、それなのに、ひろの隣で吸い込まれるように寝てしまったらしい。
そして、急にうたた寝から目覚めた。
「もう行くよって呼ばれた気がした」と言っていました。
だから、すごく納得していた。
4人目をって話が出ていることも話した。
そうしたら、
「これから上の2人はますます大変になってくるから、子供2人でもいいんじゃないのかしら?」と最初言われ・・・。
「もう一人できれば、忙しさに悲しさは紛れるし、それも悪いことではないのだけれど、上の2人の子と向き合うこと、自分と向き合ってからのほうが良いのではないかしら・・・」と。
「望まれればすぐにでも(ひろが)行くよ(=生まれ変わる)とは言ってるよ。今のままならまた男の子ね。でも、今のまま自分と(私もだんなも)向き合わず、変わろうとしなければ、(ひろの)代わりにしてしまうんじゃない?また来てくれても同じこと(早くに逝ってしまうこと)が起こるわよ」と。
「避妊しなければ、すぐにでもできます。でも、もう少し時間をおいて、自分を見つめ直して、自然に任せたほうがいい」と。
「良いときはいいけれど、あなたは悪いときは極端に自分を責めるでしょう?幸せになっちゃいけない、とか」と。
生まれ変わり・・・。
実は、だんなには、2人のお姉さんのさらに上に、死産したお兄さんがいます。
へその緒が首に巻き付いていたらしいんだよね。
だんなはそんなことを聞く前から、首に何かが掛かったり、さわられたりするのが極端に嫌だったらしい。
だから、お兄さんの生まれ変わりなのかもしれない。
私がひろが死んで、「ひろの生まれ変わりの男の子がほしい」って言っていたら、だんなは「でもそれは別の子だよ」って言ってた。
「俺ももしかしたらそのお兄さんの生まれ変わりなのかもしれないけれど、俺はそのことを覚えていないし、それを言われても困る。だから、もしも男の子が生まれても、それはひろとは別の子だよ」と言っていた。
それをセラピストさんに伝えたら、
「生まれ変わって魂は同じでも、生まれ落ちた瞬間に人格は別物になるの。身代わりにすると、不幸が訪れるからね。ご主人は分かってるのね」と。
ひろは、私とだんなの関係も、修復したいと思っているよ、と。
だんなと仲が悪いわけでは無いけれど、だんなは私の両親と反りが合わず、親が絡むとまったく意見がかみ合わなくなっていた。
私は今まで、だんなに要求するばかりで、何故だんながそんな気持ちでいるのか、ちっとも理解してあげようとも思っていなかった。
親が何を考えているのかも・・・。
人の気持ちに寄り添うこと。
気持ちを受け止めること。
ひろが死んで、ようやく本当にわかった。
そして、自分はすごい、と言う意味で書くのでは無いのだけれど・・・。
「魂にもレベルのようなものがあって、幼稚園生のような魂から、何千回も生まれ変わっているような魂がある。
魂は困難を越えて成長するのだけれど、若い魂は越えるべきハードルが高いと、越えることができないから、ぶつかる問題も易しく設定されている。
何の困難も無く、すべて順調に人生が終わるのは、徳が高いからでは無く、魂が若いから。
逆に、何千回も生まれ変わっている魂だと、魂が成長するために越えるべきハードルが高く設定されている。
だから、あなたは問題が高く設定されているのね。
それは選ばれてしまったから仕方がないの」
と言われました。
正直、
魂が成長なんかしなくたっていいから、ひろともっと一緒にいたかったよ。
なんで私なの?
他にもたくさんいるじゃない。
そう思ったよ。
でも、仕方がない。
越えられるでしょ?って、見込まれちゃったんだもの・・・。
だったら、越えるしかないよね。
「このことを越えることで、あなたはもっと幸せになれるのよ」と。
「あなたは自分の人生の棚卸しをしていない」と。
「今まで生きてきた中で、嫌だったことを書き出して、どうしたらそれが楽しくなるかを考えてみましょう」とも言われました。
「自分って、誰かに評価されて自分を作っているのだけれど、その評価を捨てて、人にどう思われているかではなく、自分のセルフイメージをもっと明確にしましょう」と。
以前に、ひろは私に育児の楽しさを教えてくれる子だって言われたのに、こんなに早く行ってしまって・・・。でもそう言ったら、
「だって楽しかったでしょ?」って。
「確かに、愛されているな、とは感じましたけど・・・」と答えたら、
「『過去形で言わないで』って。今も愛してるよ、ずっとそばにいるよ、見守ってるよって言ってるよ」って言われた。
泣けた。
「魂って、本来ふわふわ浮いているものでしょう?『浮かばれない』って言うけれど、悲しみや後悔の気持ちがあると、下から魂を引っ張るのよ。だから浮いていられなくなるの」と。
セラピストさんも、実は息子さん(第2子のご次男)を自殺で亡くしているのです。
だから、泣いて悔やんで、人を恨んで過ごしていたらしい。
そうしたら、「ママ笑ってよ。苦しいよ」って夢に出てきたとか。
「『ママ心から笑えるといいね』」ってひろが言っていたみたい。
他にも話したこと、あると思う・・・。
思いつくまま書いてみたけれど、細かなニュアンスの違いや書き漏れはきっとあるな~。
1時間の予定が、結局2時間お話させてもらいました。
合唱のことも聞きました。
「どんどん大きくなってきちゃって、このままでいいんでしょうか?」って。
そうしたら、
「望めばもっともっと大きくなるわよ」と。
「あなたの姿に、パワーをもらったり、良い影響を受ける人がいるわよ。このままでいいのよ」と。
「大事なのは、まず自分、次に家族、それで余ったところを、やりたいことからやっていけばいいのよ」と。
告別式で飾っていたのと同じひろの写真を持って行っていたのだけれど、それを見ながら、
「幸せね」
と言われたの。
「はい」
ってちゃんと言えた。
ひろのお母さんになれて幸せ。
娘や長男のお母さんになれて幸せ。
だんなの妻になれて幸せ。
マイナスのオーラで曇っていた私の前を向く気持ちを、後押ししてもらいました。
これでいいのかな?という迷いが消えた。
ひろがいなくてさみしい。
死んでしまって悲しい。
それは変わらない。
でも、
自分を見つめ直す時間、
娘と、特に長男と、向き合う時間、
自分にゆとりのある時間
を、ひろにもらいました。
今まで逃げていた、
親と話す機会、
だんなと話す機会、
「自分がなんとかできる」なんて傲慢な気持ちは持っていない。
人の気持ちを変えるのは無理だから。
変われるのは自分だけ。
きちんと向き合って、気持ちに寄り添って、そして、乗り越えて、幸せになりたい。
私のセルフイメージ。
今までは、
明るく前向きでサバサバしていそうに見えるけれど、
本当は暗くて後ろ向き
だったけれど、
これからは、
困難に立ち向かえる人、
何が何でも乗り越えるぞ、というガッツがある人
だと思っていこうと思っているよ。
時には立ち止まって、きっとわーわー泣いちゃうと思うけど。
無理をするつもりもないけれど。
ひろが教えてくれたことを、無駄にしたくないから。
だんなとも、連日のように話して話して、ひろの死があったからこそ、絆は深まった気がする。
ひろが生きてくれているほうが、良かったけれど、でも、私は今本当に幸せだって、言えるよ。
長々思いつくまま書きました。
読みにくくてごめんなさい。
読んでくれた方、ありがとう。
こんなのインチキだって、思う人もいるかもしれない。
けれど、セラピストさんとお会いして、話したことで、私が前を向けるのならば、それでいいじゃない。
そう思ってる。
また明日も、笑って楽しく過ごせるように。
お空へいってらっしゃい
一昨日7日の夕方6時からが、ひろのための、いわゆる「お通夜」、昨日8日の午前10時からが、いわゆる「告別式」でした。
今回のことで本当に幸運だったのは、通り一遍の「お葬式」を推し進めることの無い葬儀屋さん(葬祭コーディネーター)のYさんに出会えたことでした。
ひろは救急車で総合病院へ運ばれ、そこのお医者さんに最期を見て頂いた訳ですが、病院には毎晩当直の葬儀屋さんがいらしゃるそうです。
ひろの場合は、突然死ということで、警察で監察医の方に解剖して頂き死因を特定する必要がありました。
その場合、解剖後に警察で身体を保管しておけないので、一度葬儀屋さんへ身体を託す必要があるのだそうです。
そこで、たまたま当直で詰めていた葬儀屋さんにお願いすることになったのですが、当直でいた方は、正直あまり感じが良くなくて・・・。
「病院で知った葬儀屋さんにお任せしたら、勝手に豪華なお葬式にされて後悔した」というような話を聞いたことがあったので、心配していたのですが、だんなが、「警察から戻ってきても、浴衣(?)に着替えさせたり、お棺に入れたりせず、そのままの状態で返して下さい」と言ってくれて、とりあえずその方にお任せすることにしました。
翌朝警察から、死因は私たち家族が疑っていた窒息では無く(舌が短かったから、窒息したのかと思っていたの)、突然呼吸が止まった急性呼吸不全との連絡がありました。
「もしも舌を切っていたとしても、変わらなかったはずですから、そのことを気にすることは無いと思いますよ」というお言葉までかけていただきました。
不審な点(たとえば、家族が殺めたとか、そういうことかな)は何も無いので、身体をお返ししますね、と言われ、間もなくして、昨日当直でいた方とは別の、Yさんともう一人の方が、ひろの身体を運んで来てくれました。
葬儀は懇意にしている葬儀屋さんがあれば、そこへお願いしても良いと言って下さり、勿論お願いされれば自分がお手伝いしますが、「今日は僕に頼まないでくださいね」とハッキリおっしゃいました。
たまたま斎場が混んでいること、7日が友引で告別式ができず、すべて後ろへずれることから、時間はゆっくりあるので、決して焦って決めないで下さい、と言って下さいました。「焦って決めると、後悔しますからね」と。
実は生協がやっている葬儀屋さんにだんなが電話したところ、あまり感じが良くなかったそうで、信頼できそうなYさんに、翌日の5日に正式にお願いしました。
4日にひろの身体を運んできて下さったときに、「どんな風に送ってあげたいかを考えてみてください」と言われていたので、だんなと寝る前に少し話しておきました。
まず思ったのは、お坊さんの読経はいらない、ということ。
だんなの実家は曹洞宗らしいのですが、うちはほぼ無宗教だし、ひろがお経を聞いてなぐさめられるか?と言えば、そんなことあるはずがない。
だったら、「音楽葬」なんて言うけれど、ひろが好きだった音楽や、家で聞いていた音楽をかけて送ってあげたい。
そして、ひろの可愛い顔を、来て下さった方に見て頂きたい。
そしてできることなら、嫌でなかったならば、ひろの頭をなでてあげてほしい・・・。
そう思いました。
Yさんにそれを最初にお伝えすると、「とにかく、今まで行かれたお通夜や告別式の常識を取り払って考えましょう」と言ってくださり、Yさんなりのイメージを色々話して下さいました。
「ご両親のイメージを具現化するのが僕の仕事ですから」と言って、それこそ親身に、こちらのしたいことをやらせてくれました。
これが最期にひろにしてやれることだから、やってあげたいこと、すべてやってあげよう、と、こういう場になると、俄然張り切る私たち夫婦(笑)。
・音楽は、普段聞いていたピアノとバイオリンのCDをかけよう。
・飾っている花をみんなに一輪ずつ取ってもらって、棺に入れてもらおう。お花も白一色ではなく、色花で。(これはYさん提案)
・ひろの顔を見て、嫌でなければなでてもらおう。
・なるべくなら終わった後にお食事をしていってもらいたいけれど、きっと子連れだったり子供を家に残してきたら気になって早々に帰りたいだろうから、代わりに何かお菓子(マドレーヌにしました)を持って帰ってもらおう。ラッピングもしよう。
・芳名カードも自分たちで作ろう。
・遺影も自分たちで作ろう。
・ひろに初めて会う人もいるから、今までの成長がわかる写真を大きく焼いて、会場に飾ろう。(16枚の写真を2枚のA1フレームに飾りました)
・ひろの好きだったおもちゃや本を並べよう(これもYさん提案)
・受付にメッセージカードや折り紙を置いて、来て下さった方に書いてもらったり折ってもらって、棺に一緒に入れてあげよう。
このぐらいかなぁ?
欲を言えば、マドレーヌのラッピングに手作りのタグをつけたかったし、更に時間があるなら、マドレーヌ自体をやめて、だんなが手作りの道明寺を作りたかったみたい。
流石に無理しすぎると倒れるから、あきらめたけれど、限られた時間の中でできることはすべてやったつもり。
ひろを送ってあげるためのことなんだけれど、結局はそうやって、自分たちがしてあげたいことをすることで、私たちが癒されたような気がします。
こうやって好き勝手したい両親のために、きっとひろが、Yさんに出会わせてくれたんだろうな、と思う。
Yさんにそう伝えたら「好き勝手でなく、お二人は僕の敷いたレールの上を歩かれていたんですよ(笑)」と言われてしまいましたが、そうやって、私たちの望むレールを敷いてくれるYさんに出会えたこと、出会わせてくれたひろに、本当に感謝です。
「やりたいことをすべてやらせていただきました」とお伝えしたら、「昨日ご主人にそう言われて、ようやく眠れました。僕もこうやってしまって良かったのか、悩んでいたんですよ」とも言われました。
だんなの両親が曹洞宗だと言っていたし、気にしてくれていたみたいです。
お通夜・告別式とも、来て下さっても50人ぐらいかな?と思っていたのですが、なんと、両日合わせ、130名近い方がお別れに来てくれました。
最初用意していた芳名カードは100枚だったんだけれど、お通夜だけでほぼ無くなってしまい、書かれずに帰られた方もいらっしゃるみたい。
お子さん連れで来て下さった方も多いから、お子さんも加えると、150名近くになるのかも・・・。
ほとんどが、私と同じような小さい子のママさんたちでした。
自分主催の合唱団のお友達が25人ぐらい。遠い人は都内や旭区からわざわざ。
昨年度通っていたあきのヤマハが一緒だったママたちも。
育児サークルで一緒だったママさんたちもたくさん。
そして、娘の通う幼稚園のママたち。
3学年全員で70名いかない小さい幼稚園なんだけれど、半分以上のママたちが来てくれました。
学年が違ったり、もう今年卒園してしまったママたちも、たくさん。
先生方も、6人全員がお通夜に来て下さって、告別式には院長先生とそのご長男まで来て下さいました。
そして、みんながひろの顔や頭をなでてくれました。
親の私たちは、死んでしまったひろに触れることに何のためらいもありませんが、率直に言って、気持ち悪く感じる方もいるんじゃないかな?なんて思ったりもしたの。
でも、良かったら・・・と声をかけたら、みんな今までと同じようにひろをなでてくれて・・・。
本当にうれしかった。ありがとう。
ひろを見て、
無言で泣いてくれる人、
「なんて言って良いのか言葉にならないよ」と言ってくれる人、
私を抱きしめてくれる人、
「自分を責めちゃだめだよ」と言ってくれる人、
「また会おうね」「一緒に歌おうね」「待ってるよ」「また幼稚園でね」と言ってくれる人、
いっぱい泣いて、色々な人に出会えて、声をかけてもらって、抱きしめてもらって、私が癒されました。
来て下さったみなさん、本当にありがとう。
お葬式って、故人を偲んでお別れする場、なんだけれど、結局は、残された側が、悲しみを癒す場なんだろうね。
昨日まで、身体をきれいに保つため、ドライアイスで冷やして、氷みたいになって、最期まで頑張ってくれたひろ。
お布団に寝ているひろを見て、「このままこの姿のままずっといてくれたらいいのに。身体が無くなるなんて耐えられない」って思っていたけれど、ひろの顔が段々と疲れていくのを目の当たりにして、もう、身体もお空に返してあげなくてはいけないんだ、ひろにこれ以上無理をさせては可哀想だ、みんなに会ってもらったら、お空に返してあげなくちゃ、と思いました。
ようやく昨日、身体もお空へ返すことができました。
みんなに可愛い顔を見せるため、最期の最期まで頑張ってくれたんだよね。
ありがとう。
私も告別式でだんなの後に、一言話をさせてもらったんだけれどね。
1歳半で死んでしまって、「こうしてあげたかった」「もっとこうすればよかった」という想いは、尽きないし、そう思うと、泣けてくるよ。
だから、後悔すれば、自分を責めれば、ひろがまた戻ってきてくれるならば、いくらでもするの。
極端な話、自分が死んだら代わりにひろが戻ってくるのならば、そうしたっていいの。
けど、何をしたって、ひろはもう戻って来ない。
だったら、ひろが喜ぶような、にこにこ笑ってくれるようなことをしてあげたい。
ひろは3番目で、周りを良く見ている子だったからね。
だんなと私と長男が、面白いことがあって笑っていると、ひろまで一緒に笑い出したんだよね。
1歳半で、すでに空気を読んでいたのよ(笑)。
逆に、娘や長男が怒られて泣いていたり、私とだんなが喧嘩をしていると、一緒になって怒ったり泣いたりしていた。
だから、ひろが笑ってくれるためには、きっと、私たちがにこにこ笑っていなくちゃね。
勿論、無理をするつもりはないよ。
悲しければ泣くし、落ち込んじゃう日もいっぱいあると思う。
けど、できれば笑って、ひろも笑顔でいられるように、家族4人、仲良く過ごしていきたい。
いつでもお空で見てくれていると思うんだ。
だから今日は、ひろとの「お別れの日」だったけれど、ひろがお空へ旅立って行く「出発の日」でもあったんだと思う。
そう思うと、最後はもう、感謝の言葉しか出てこないんだ。
1年半、短かったけれど、私のところへ来てくれてありがとう。
毎日可愛い姿を見せてくれてありがとう。
いろんな人に出会わせてくれて、ありがとう。
いろんなことを教えてくれてありがとう。
4日半、最期の時間を一緒にすごしてくれてありがとう。
いってらっしゃい。
たまには、会いに来てね。
