麻雀を打ってて納得いかないこと、違和感を感じることは皆あると思います。
私も多々ありますが、その中の一つ。

ネット麻雀の世界では聞かないが、リアルでは対局中に
「責任を取る」
という言葉が出ることがある。

例えば、親がダブ東鳴いて染め手。
そこに北家が全く無視して3フーロさせ、あげくにマンガンやハネマンを振り込む。

「いやー、鳴かせちゃったけど、責任取って振ったからいいでしょ」
と言うのだ。

「違くないか?」と言いたい。
あなたは今、不要な、防げるはずの点数を親にプレゼントしたのだ。
それはつまり、この局、半荘、麻雀を壊したに等しい。
責任を取ったと言えるのは「自分が和了した時」だけだ。

三元牌を鳴かすパオも同様。
点数を払えば良いという問題ではない。

もちろん、麻雀のルールに反していないのだから、批判はしない。
が、「あぁ、そういう人なんだ」とは思ってしまう。

謝罪してほしいわけではない、謝るくらいなら打つなとは思う。

「人に迷惑を掛けない打牌なんてない」といった人がいるそうだ。

その通りだと思うが、=「何をしても自由」ではないと思う。

そこに責任という意識は持っていたい。

フリーで顔を合わせ、お金を賭けていてもこの有様。
ネット麻雀では言わずもがな。
「そんなん知らんわ、俺の自由だ」
と、【責任】という概念は存在しないに等しい。

顔も知らない、会話することもない、次のゲームでは対局もしないのだから、当然と言えば当然かもしれない。

つまり、ネットには【プレッシャー】が無いのだと思う。
それはお金のプレッシャーではなく、対人であること、4人で打つこと、ストレスとも言い換えられるかもしれない。

それをわざわざネット麻雀に持ち込むのかどうか、それによって打ち方も大きく違うのではないかと思う。

そんな感じ

ネットとリアルの違いを考察したく、そのうち続きを書きます