林教授は去年の今頃はバウネット(笑)西野瑠美子とつるんで去年は慰安婦ばあさんの援護射撃に走り回っていたのですが、アメリカで公文書を読み漁る時間が有るようで羨ましい限りです。

で、アメリカで日本軍の暗号解読した記録を見ていつになくはしゃいでいます。


~以下、引用~

敗戦後、慰安婦を看護婦に 旧軍の命令、文書で初確認

 第2次大戦での日本の敗戦直後、旧海軍が日本人慰安婦を、軍病院の補助的な看護婦として雇用するよう命じた通達が19日までに、連合国側が暗号解読して作成した英公文書で判明した。研究者らは、慰安婦が看護婦に雇用された際の身分が軍属だった可能性が高いとみている。敗戦時に軍属雇用するという配慮から、軍が戦中に慰安婦管理に事実上深くかかわっていたとする見方を補強する貴重な史料としている。

 従軍慰安婦問題では、政府の謝罪や補償の根拠となる当局の関与の度合いが問題となっており、今後の議論に影響を与えそうだ。「看護婦」とすることで、当局が慰安婦の存在を連合国側から隠ぺいしようとした可能性も指摘されている。

 慰安婦を看護婦としたことは元兵士らの証言や、オーストラリア人ジャーナリストの著書の中で出典不明で紹介されたことがあったが、その命令が原文に近い形で確認されたのは初めてとみられる。関東学院大の林博史教授(現代史)が英国立公文書館で発見した。(共同)2008/06/19 18:21 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/200806/CN2008061901000625.html

~引用終わり~

林博史の法則というのが有りまして、十分条件 ⇒ 必要条件を満たさないのに、
いきなり結論が結びつく訳だ。



敗戦時に軍病院の補助的な看護婦として雇用 ⇒ 看護婦に雇用された際の身分が軍属だった可能性が高いとみている ⇒ 軍が戦中に慰安婦管理に事実上深くかかわっていた

というように、可能性が高い ⇒ 軍が関与していた 可能性だけでワンパターンの結論が出てくるのだ。これを林博史の法則というのだが、可能性だけで結論が出てくるので全く学問的価値が無いのが特徴です。

「看護婦」として雇用  ⇒  当局が慰安婦の存在を連合国側から隠ぺいしようとした可能性も指摘

に至っては、もはやオカルトとしか言えないレベルに達しています。

~以下林教授のHPから引用~
http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/books32.htm

解説 ◎〝慰安婦隠し〟が狙いか

法的責任認めぬ日本政府

 第二次大戦時の慰安婦らを敗戦直後に補助的な看護婦として雇用するよう旧海軍が命じた通達の狙いは、都合の悪い慰安婦の存在を連合国側に隠そうという慰安婦隠し〟の意図があった可能性が考えられる。

 従軍慰安婦問題では、韓国などの元慰安婦らは今も、日本政府に謝罪や賠償を要求している。しかし、日本政府は旧日本軍の一定の関与と道義的責任は認めつつも、二国間条約などで解決済みとして法的責任は認めていない。

 国連人権委員会は一九九六年、元慰安婦への賠償を勧告したほか、国際人権団体は従軍慰安婦問題を「性奴隷問題」と追及。欧米の議会などでは最近も対日非難決議が続くなど、国際社会で日本の立場が広く受け入れられているとは言い難い。

 今も〝慰安婦隠し〟を続けているという国際的な批判を避けるためには、元慰安婦らの声に耳を傾け、新たな立法措置など十分な対応をする必要がある。

 ある高齢のオランダ人元慰安婦は昨年十一月、国際人権団体がロンドンで開いた会合で「お金の問題ではない」と強調。自分が非人間的な扱いを受けた明確な理由をいまだに日本側から得られていないなどと訴えた。(共同=上西川原淳)

~引用終わり~

で、林教授の今回の発見に関して、「知らされなかった日本」さんが真相を解き明かしている訳だ。

~引用開始~

今回はこの話についての「るーた」さんのご意見を書き記させていただきます。

「るーた」さんは私がmixiで知り合った方でして、関西で福祉の仕事に携わっておられます。
ご職業がらお年寄りの貴重な表現を聞かれる事が多く、るーたさんご自身はお若いのですが語り部のように話を聞かせてもらっています。

ああ、この話し前元従軍看護婦から聞きましたよ。
慰安所退職後の職業訓練の一環で、色々と仕事を教えてたらしいです。
けど、慰安所の仕事は給料が高いので、世間の仕事をするのがバカらしくなるらしくて、

多数の慰安婦は、なかなか看護婦のいうことなんて 聞かなかったらしいですけどね。。。

俗にいう看護婦見習いですよ。。。
看護婦について仕事をするんです。
当然、文盲者には文字を教えるところから入ったそうです。
記録が出来なきゃ、外の世界へ出た時に雇ってももらえませんからね。。。
しかし慰安婦というのは、非番には買い物へ出かけたり、兵隊と歌を歌ったりして遊んだりとかなりの自由があったらしいので、なかなか自主的に参加したいという人はいなかったようですね。。。
看護婦という仕事は、当時はよりハードで重労働ですからね。。。
しかし、慰安婦だったというより看護婦だったというほうが、帰った後のことを考えると良いわけで、そう言って参加を促していたという話を聞きますよ。。。
朝鮮人や支那人に「自分の今後の人生や親兄弟や親戚のことも考えなさい」と言っても「帰ったらまた、親は私を他へ売り飛ばすに決まってる」 「もう故郷には帰りたくない。このまま死んだほうがマシ」と言っていたとか。。。

その癖、親に手紙とお金を送っていたようで「その矛盾した行動が全く理解できなかった」と聞きましたね。


もちろんこの証言は又聞きですし、検証も全くしていません。
まあしかし、徳川侍従長の発言メモの時の日経の報道を見ていますと、大新聞社でさえも裏を取った報道をせずに許されるようですから市井の個人が同じ事やっても差し支えありますまい(笑)。

みなさんはこの証言を聞かれてどう思われたでしょうか?
私はこの報道を聞いたとき最初に思ったのは
「ああ、恩給が出るように計ってやったのだな」という事でした。
そしてるーたさんの発言を読ませてもらって「なるほど、終戦後も身が成り立つように便宜を計ったのだな」とも思いました。
林教授はこれを「連合軍から問題を隠そうとしたのだ」などと頓珍漢な解釈をしておられますが、違法でも何でもなかった慰安所の存在をなぜ隠さなければならないのか(笑)。

http://daikichi1966.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_0a72.html

~引用終わり~

違法でも何でもなかった慰安所の存在をなぜ隠さなければならないのか(笑)

この一言に尽きます。慰安所も慰安婦も隠したりする必要なんかありませんよ。新聞で募集広告だってあったじゃないですか。

アカデミズムの中に閉じこもっているのであれば、こういうことはやらないのですが、研究とは何よりも市民と共有し、少しでも社会の役に立つことをするのが役割だと素朴に考えていますので、こういう姿勢は堅持したいと考えています。今回も共同の記事は予想外に反響があり、「励まされた」というメールをいただきましたが、そう思ってもらえると、やってよかったと思います。」

などと得意満面な所が笑えますね。もっとアカデミックにお願いしますよお、教授。