稲荷神社は怖い?
神社鑑定をしていると、ときどきこんな声を耳にします。
「稲荷神社だけは絶対に行かない」
「祟りが怖い」
「なんとなく不気味で嫌だ」
そんなふうに感じる背景には、きっとその方にとっての体験や記憶があるのでしょう。
私はその気持ちを否定することなく、そっとしておくようにしています。
その一方で
稲荷神は、日本で最も多く祀られている神様。全国にそのお社があり、町のすぐそばにあるような、とても身近な存在でもあります。
それなのに「怖い」と感じる声が多いのは、なぜなのでしょう?
稲荷神=キツネ、でもちょっと違う
「稲荷=キツネ」と思われがちですが、キツネは稲荷神そのものではなく、神様のお使い=眷属(けんぞく)です。
日本の神様は本来、姿を現さない存在。
だからこそ、目に見えるかたちで神と人をつなぐ役割を担うのが「眷属」です。
稲荷神の場合、その存在がキツネというわけです。
キツネには「化けキツネ」や妖怪のイメージもあるので怖いと思うのかもしれません。
神様には「恵み」と「畏れ」の両面がある
そもそも、神さまは「恵み」と「破壊」の両方をもつ存在。
自然そのもののように、時に優しく、時に恐ろしく、私たちはその力に対して「畏れ敬う心」をもって接してきました。
怖いと思うのは、むしろ自然なこと。
神様の「荒御魂(あらみたま)」、つまり荒々しい側面を忘れてしまうと、神の力そのものが薄れてしまう、そんなふうにも感じています。
稲荷神は、柔軟でおおらかな神
稲荷神は、農耕神として。
渡来の秦氏の氏神として。
仏教と結びついた神として。
さらには出雲系の神、都市での守護神として。
時代や地域、人々の願いに合わせてその姿を変え、私たちに寄り添ってきた神様です。
こんなにも多くの形で人々に祀られ、同時に怖れられている神さまは、他にいないかもしれません。
そして、だからこそ私は、稲荷神という存在がとても好きです。
畏れとともにある「感謝」
東京では、稲荷神社のある土地に「死」や「不浄」と関わる場面が重なることも確かにあります。
でもそれは、稲荷神が「浄化」の力をもつ神様である側面も
たくさんの人に祀られ、同時に敬遠される稲荷神。
けれど私は、
「ありがとうございます」と素直に伝えたいのです。
人の都合に合わせてくれるばかりではない自然。
でも、その自然とともに生きる中で、私たちは神を畏れ、敬い、感謝する心を育んできたのだと思います。
「怖い」と感じるその空気の正体は
稲荷神社に限らず、「なんとなく怖い」「空気が重い」と感じる場所があります。
でも、そのエネルギーの正体も
見方を変えれば、私たち人間がふだん避けがちな「死」や「不運」、人生における避けられない側面、つまり“本質的な荒御魂(あらみたま)”なのかもしれません。
そういった“普段とは違うリズム”を敬い、神霊の世界として丁寧に祀ってきたのが、日本の神社なのではないでしょうか。
「怖い」と感じるのは、私たちの感覚が生きている証でもあり、
その先にある見えない世界に、きちんと向き合う姿勢なのかもしれません。
全ての神さまへ愛と感謝をもって♡
苦手だと感じていた神社にも
歴史を学び多角的な視点を追加することで
感じ方がかわると嬉しいです。