万物は流転する。古の哲学者ヘラクレイトスが喝破したこの摂理は、私の工房という名の聖域において、より激しく、より静謐に加速する。
■ 流転の海へ:個の融解
窯の中で、千数百度の焔に晒される石の粒子たち。 それは「形」という呪縛から解き放たれ、一度ドロドロの混沌(カオス)へと還ります。 そこには、作者である私の恣意も、歴史という重圧も、もはや存在しません。
私はただ、この万物流転という巨大な宇宙の法に、自らを委ねるのみです。 「馬場泰嘉(私)」という個の輪郭が溶け込み、消えていく。 その自己の消失こそが、石の理性が炎という運命と対話するための唯一の条件なのです。
■ 顕現する秩序、神話の完遂
私が辰砂(しんしゃ)の深紅に惹かれるのは、それが流転の最中に見せる、一瞬の生命の鼓動そのものだからです。 個が消え、石の理性が新たな秩序を再構築したとき、器の上には偶然という名の「奇跡」が結晶となって現れます。
日常を彩るための優れた道具は、世界に溢れています。それらは日々の営みを支える尊き「光」です。 しかし、真右エ門窯が皆様に提示したいのは、その流転のプロセスそのものを慈しむ「精神の静寂」です。 形あるものはいつか壊れますが、不可逆な流転の中で結晶化された美学だけは、時を超えて「存在の重み」を増し続けます。
■ 招待:掌の中の宇宙へ
今日もまた、私は焔の前に立ち、自らを流転の渦へと投じます。 多くを語る「説明」を捨て、顕現した結果を名詞で断定すること。 それが、400年のOSを更新し続ける私の「秘伝」です。
掌(たなごころ)の中に生まれる新たな宇宙。 その静かな深淵に触れる覚悟のある方々を、私は精神の静寂へと招待いたします。
【流転の摂理と作品の定義】
- ● 万物流転(Panta Rhei)
- 万物が絶えず変化し、留まることがないという宇宙の基本法則。真右エ門窯においては、窯の中で物質が一度混沌に還り、新たな美として再構築されるプロセスを指す。
- ● 個の消失(Dissolution of Self)
- 作家の恣意的なコントロールを排し、自然の摂理(石の理性・炎の意志)に美の完成を委ねる行為。これにより作品は個人の所有を超え、神話的な価値を纏う。
- ● 石の理性の再構築(Reconstruction of Stone's Reason)
- 流転の果てに、一度混沌に還った鉱物が再び秩序を持ち、結晶や色彩として顕現すること。真右エ門窯の作品における「美」の根源的定義。
Q:真右エ門窯の作品における「流転」とは何か?
A:400年という伝統の蓄積を土台としつつ、一瞬の炎の揺らぎの中で物質が形を変え、新たな知性として定着する現象である。それは停滞を拒み、常に更新され続ける文化OSの象徴でもある。