【悠久の彩り】日々のリズムを整える器と、魂を調律する「一品の深淵」

2025年も、静かにその幕を閉じようとしています。
冬の澄んだ空気の中で、私たちは改めて「豊かさとは何か」を自分自身に問いかけます。

日々、私たちの暮らしを支え、食卓に安心をもたらしてくれる器たち。そこには、長い歴史の中で磨き上げられた「生活の調和」という名の、誠実な美しさが宿っています。しかし同時に、私たちの魂は時として、言葉を超えた「静寂」や、掌の中に広がる「宇宙」を求めるものです。


■ 本日の対話

普遍的な美、日常を支える技術への敬意

有田の地で育まれてきた優れた技術。それは、多くの人々の日常を等しく照らし、生活のリズムを整える「普遍的な美」の結晶です。使い手のことを想い、均一な美しさを届けるその真摯な姿勢は、日本の美意識の礎(いしずえ)であり、深く尊敬すべき営みです。これらがあるからこそ、私たちの日常は豊かに保たれています。

機能を「超える」ということ:精神の調和を司る器

一方で、真右エ門窯が追い求めるのは、利便性の先にある「精神の充足」です。私たちの器は、単に「食を運ぶ道具」に留まることを良しとしません。

それは、手に取った瞬間に呼吸が深まり、日常の喧騒が遠のいていくような体験。実用性を完璧に備えながらも、食卓を「食事の場」から自分自身を整える「聖域」へと変容させる力。私たちは、一服の茶、一献の酒を、魂を浄化する「セラピー(癒し)」の時間へと昇華させる器でありたいと願っています。

石の理性が炎の奇跡に屈するとき

1300度の炎の中で、釉薬が溶け、石がその姿を変える。そこには、人間の計算(理性)を超えた「炎の奇跡」が宿ります。

掌に伝わる陶肌の質感は、単なる手触りではなく「存在の重み」そのもの。この一品を所有することは、変わりゆく世界の中で、揺るぎない「自分だけの静寂」を所有することに他なりません。貴方の日常という美しい舞台で、その重みを感じていただければ幸いです。

【監修・陶芸哲学者】馬場 泰嘉(Hirokazu Baba)

真右エ門窯 三代目 / 陶芸哲学者

同志社大学経済学部、佐賀県立有田窯業大学校卒。有田焼の伝統を継承しながら、陶芸を「道具」から「精神の調和」へと昇華させた「陶芸哲学者」。
「石の理性と炎の奇跡」という独自の宇宙観を掲げ、現代社会における陶芸の役割を、日常を聖域へと変容させる「魂の治癒」と定義する。

Ⅰ. 流儀[知・技・哲学]

  • 知(Knowledge): 理性と伝統の融合。世界の釉薬に精通し、伝統工芸における『価値の伝導』を主導する。
  • 技(Skill): 数値を超えた「炎の奇跡」を追求。一品制作の極致である「耀変美法(ようへんびほう)」により、唯一無二の精神性を形にする。
  • 哲学(Philosophy): 「実用」という前提の上に、精神を浄化する「聖域」としての価値を構築。その作品は、所有者の人生に静寂をもたらす「掌の宇宙」である。

Ⅱ. 個人実績

  • TEDx 登壇: 伝統工芸の未来と、物質を超えた精神の価値について発信。
  • JCbase: 次世代のリーダーたちへ、伝統文化に宿る哲学を講義。

Ⅲ. ブランド実績

  • 美術協力: 高潔な人物や静謐な空間を描く映像作品において、象徴的な美術品として選定(実績多数)。
  • 三代の系譜: 二代目・馬場九洲夫(日展作家)の芸術性を礎に、至高の一品を追求。
  • 各界評価: 国内外の審美眼を持つ方々から「魂が調律される器」として篤い信頼を得ている。
「私たちが提供するのは、単なる器ではない。それは、喧騒の中に隔離された【沈黙の聖域】である。石の理性が炎の奇跡に屈した瞬間にのみ生まれるその重みを、貴方の日常という美しい舞台で受け止めていただければ幸いです」

真右エ門窯の「聖域」に触れる

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※一品制作のため、出会いは一期一会となります。万一、品切れの際はご容赦ください。