1950年公開の西部劇はハリウッド映画全体の34%、150本もあったが、「荒野の用心棒」が企画された1963年には西部劇の割合は9%、15本に落ちている。
単純明快、勧善懲悪のアメリカ製西部劇が衰退を始めたころ、アメリカ西部劇を踏襲し、暴力的なシーンや激しいガン・ファイトを魅せるイタリア製西部劇が登場する。
黒澤明監督の「用心棒」を西部劇に置き換えた映画「荒野の用心棒」はアメリカで“スパゲッティウェスタン”と呼ばれ大ヒット、「ローハイド」で人気を集めていたTV俳優のクリント・イーストウッドがハリウッドに凱旋してスーパースターに、セルジオ・レオーネ監督もイタリアの大巨匠となった。
本場イタリア、イギリス、アメリカ合衆国などでの“スパゲッティウェスタン”に対し、日本では映画評論家の淀川長治が「スパゲッティでは細くて貧弱そうだ」と“マカロニウエスタン”と呼び変え、その名が浸透した。
上記「荒野の用心棒」のポスターは御覧の通り、まだ無名のセルジオ・レオーネがアメリカ風の変名ボブ・ロバートソン名義で監督し脚本も執筆、共演のジャン・マリア・ヴォロンテもアメリカ風の変名ジョン・ウェルズ名義である。
イタリアの観客にアメリカ映画だと思わせた。
名シーンの画像を見ながら、マカロニウエスタンの代表作「荒野の用心棒」の話をしましょう。
ネタバレがありますが、ストーリーもビジュアルも何度観ても面白い。
本編約100分の完全版がDVD化されています。
山田康雄の日本語吹替(クリント・イーストウッドの声)は、懐かしいローハイドを思い出す。最高です。
是非、本編もご鑑賞ください。
まずは懐かしい淀川長治の「日曜洋画劇場」名解説からスタートです。
<淀川長治の「日曜洋画劇場」より>
『この作品 あの「ローハイド」のあと、ちょっと くすぶっていたクリント・イーストウッドがいっぺんで有名になりましたなぁ 共演してるのが映画のタイトルではジョン・ウェルズとなってます それから監督もボブ・ロバートソン 実はセルジオ・レオーネですね どうして名前変えたか アメリカ製にしたかったんですね 粋な写真 原名は「一握りのドルのために」 ちょっと儲けたろうか という原名ですね ちょっと儲けたろうか と盗作したんですね けど後で 東宝にも黒澤さんにも ご挨拶があったそうですけど ちょっと儲けたろうか が えらい当たったんですね 1964年度の歴史的作品です じっくりごらんなさい』
1964年9月公開/約100分/イタリア・スペイン・西ドイツ合作
(日本は1965年12月公開)
アニメーションを使った特徴的な文字の英語圏タイトル「Fistful of Dollars」
イタリア版タイトルは 「Per un pugno di dollari」(一握りのドルのために)
日本でのタイトルは「荒野の用心棒」
タイトルをデザインしたのはルイジ・ラルダーニで、異質な西部劇を予感させ、アクション映画を強調している。
バックに流れる銃声、鐘、ムチの音、斬新なサウンドトラック(音楽)はエンニオ・モリコーネ。
「荒野の用心棒」「夕陽のガンマン」「アンタッチャブル」「ニュー・シネマ・パラダイス」など多くの映画音楽を担当したイタリアの作曲家。
エンニオ・モリコーネも「荒野の用心棒」ではダン・サヴィオ名義で、本名を使わなかった。
この「荒野の用心棒」で、モリコーネは監督のセルジオ・レオーネと小学校の同級生だったことが判明したそうです。
レオーネ(監督)・イーストウッド(主演)・モリコーネ(音楽)がタッグを組んだ「荒野の用心棒(Fistful of Dollars)」「夕陽のガンマン(For a Few Dollars More)」「続・夕陽のガンマン(The Good, the Bad and the Ugly)」は“ドル3部作”と呼ばれている。
モリコーネは日本でもNHK大河ドラマ「武蔵 MUSASHI」(2003年)の音楽を担当している。
低予算映画らしくテクニスコープで撮影された。
1コマに2コマ分映し込むので、撮影用ネガの費用が半分で済む。
【テクニスコープ】
マカロニウエスタンなどでよく使われた節約スコープ映画。
通常のスタンダードサイズのフレームを上下に二分割してシネマスコープのような横長画像を得る方式で、撮影用ネガが半分節約出来、画質も悪くない。
メキシコ国境に近い小さな町に、流れ者のガンマン、ジョー(クリント・イーストウッド)が現れる。
ジョーはポンチョをまとい、西部劇の英雄には珍しい無精ヒゲだ。
ジョーは酒場のおやじシルバニト(ホセ・カルヴォ)から、この町はミゲル(アントニオ・プリエート)と保安官のバクスター(ウォルフガング・ルスキー)の2大勢力が対立し、儲かるのは棺桶屋だけだと聞かされ、彼らを争わせて共倒れさせようと画策する。
酒場の主人シルバニト役のホセ・カルヴォは、マカロニウエスタンに何度か出ているスペインの俳優。
「ピノキオ」のジェペット爺さんに似ていることから、海外でも人気が出た。
マリソル(マリアンネ・コッホ)は、ミゲルの息子でライフルの名手ラモン(ジャン・マリア・ヴォロンテ)に囚われており、夫と我が子に会えない。
<マリアンネ・コッホ>
イタリアの低予算映画で、イーストウッドの出演料は1万5000ドルとスペインでの6週間の休暇、破格に安かったという。
主役にチャールズ・ブロンソン、ジェームズ・コバーン、ヘンリー・フォンダなどのアメリカ人俳優が候補に挙がったが、高くて採用できなかった。
「ローハイド」に出演していたクリント・イーストウッドが、夏の間、スペインとイタリアでの出演を承諾した。
ジョーは早撃ちでバクスターの子分を殺し、100ドルで敵対するミゲルの手下になる。
ジョー:「(棺桶屋ピリペロに)棺桶3つだ」
棺桶屋ピリペロ役はヨゼフ・エッガーで、オーストリア出身の西部劇に出演した性格俳優、コメディアン。
西ドイツでは大人気だった。撮影時は75歳で、レオーネの「夕陽のガンマン」が遺作となった。
アメリカ人の旅人、スペイン人の酒場主人、オーストラリア人の棺桶屋、この3人の名優が本作の語り手である。
一匹狼のよそ者ジョーは、少し前に馬上でバクスターの子分に銃撃された事があり、渋い顔で いきなりセリフを言う。
高まる緊張感。
レオーネの西部劇における初めてのガンファイト・シーン。
<クリント・イーストウッド>
ジョー:「俺の馬の脚を狙って撃っただろう 馬はカンカンだぞ」
バクスターの子分:「(笑いながら)冗談言ってるつもりか?」
ジョー:「俺の馬は 笑うやつが嫌いだ もちろん 謝るつもりだろうな」
ジョー:「とりなしてやるぜ」
5発でバクスターの子分4人を倒す。
ジョー:「(棺桶屋ピリペロに)棺桶は4つになった」
<ヨゼフ・エッガー>
ジョーは雇われたミゲルの屋敷でマリソン(マリアンネ・コッホ)とすれ違う。
<マリアンネ・コッホ>
<クリント・イーストウッド、マリオ・ブレガ>
ジョー:「彼女は?」
ミゲルの子分:「名前はマリソン 近づかんことだ」
「荒野の用心棒」のヒロイン、マリソン役のマリアンネ・コッホは西ドイツの女優。
西ドイツの映画雑誌で最優秀映画女優に選出されているほど人気が高い。
セリフが少ない役なのに出演を承諾したそうです。
<マリアンネ・コッホ>
ミゲルの息子でライフルの名手ラモン(ジャン・マリア・ヴォロンテ)が帰ってきた。
ラモンの仲立ちで、バクスターと手打ちをしたことで、ジョーはミゲルの手下を辞めてシルバニトの宿に泊まる。
<アントニオ・プリエート、ジャン・マリア・ヴォロンテ(右)>
ラモン:「バクスター一家を招待した」
ラモン:「目的もなく 殺し合うのは馬鹿げてる」
子分:「ラモン どうかしてるぞ」
ラモン:「本気だ 俺の言うことを信じろ 命は大切だ」
ラモン役のジャン・マリア・ヴォロンテはイタリアを代表する世界的な名優。
ローマ演劇学校の出身で、シェイクスピアのロミオ役で有名になった。
翌1965年の「夕陽のガンマン」ではギャングの頭目を演じ、この二作の成功で国内外の多くの映画に出演、世界的な知名度を得た。
<ジャン・マリア・ヴォロンテ>
メキシコの軍隊が町を通過する。
ジョーは積み荷が気になり、馬車を覗こうとするが、兵士の銃口が・・・。
兵士:「探し物か?」
ジョー:「こんちわ」
兵士:「あっちへ行け 早く」
ジョーはシルバニトと一緒にメキシコ軍の後を追う。
<ホセ・カルヴォ、クリント・イーストウッド>
ジョー:「マリソルっていう女は?」
シルバニト:「ラモンが彼女の亭主にバクチで因縁をつけ 彼女をモノにした」
ジョー:「亭主は?」
シルバニト:「仕方なかったさ 子供を殺すと脅されて条件をのんだ」
ジョー:「ラモンに会ってみてえな」
シルバニト:「近寄らん方が お前さんのためだ」
ジョー:「メキシコ軍の馬車の積み荷が気になる」
シルバニト:「貴重品らしい 近寄って中を覗けば すぐ分かるさ」
シルバニト:「撃たれたら 中味は金だ」
ジョー:「悪い冗談だ」
シルバニト:「わしも行くよ お前さんが死ぬとこを見にな!」
国境沿いの川、ジョーとシルバニトが茂みを抜けると、川沿いに大勢の軍隊がいる。
カメラが動くと、突然現れる群衆。
レオーネ監督得意の視覚効果だ。
メキシコの軍隊とアメリカの騎兵隊との金と銃器の取引現場。
メキシコ軍:「約束の金だ 銃は値段相応だろうな」
騎兵隊:「心配いりませんよ よく調べた」
その時、ラモンとその一味が機関銃で兵士を全員射殺し、金を奪うのを、ジョーとシルバニトが目撃する。
軍隊を襲撃して金を奪う残虐な場面、悪役ラモン役のジャン・マリア・ヴォロンテが演じる。
<ジャン・マリア・ヴォロンテ>
<クリント・イーストウッド、ホセ・カルヴォ>
シルバニト:「あれがラモンだ」
ジョーは、ラモンが大量虐殺した兵士の死体を墓に置き、兵士が生きているように見せかける。
シルバニト:「死体を何に使う? 面倒な」
ジョー:「使い方によっちゃ 役に立つ」
ジョー:「口をきかず 文句も言わねえ 生きてるように見える」
ジョー:「撃たれても 二度死ぬことはねえ 分かるか」
ジョーはミゲルとラモンに「兵士が墓地で生きている」、敵対する保安官のバクスターに「兵士が罪状を証言すれば、政府はミゲル一家を処分する。町はお前のものになる」と囁く。
墓地でバクスターとラモンを争わせ、その間にラモンが軍隊から奪った金を探す算段だ。
ジョーはマリソルの護衛を撃ち殺して、その夫と子供と共に逃がしてやる。
ジョー:「やあ(発砲)」
子分たち:「ワーッ・・・」
ジョー:「この金を持って国境を越えろ」
マリソルの夫:「感謝の言葉もない」
ジョー:「奴らが来る前に行け」
マリソル:「なぜ親切に?」
ジョー:「なぜ? 気まぐれだぜ さあ行け」
ラモンの子分:「みんな死んでる」
子分:「バクスターの仕業だ マリソルもいねえぞ!」
だが、マリソルを逃がしたことがラモンにばれて、ジョーは酷く痛めつけられる。
主人公が袋叩きになる有名なシーン。マカロニウエスタンではよく出てくる。
そして最後には決着をつける。
暴力シーンは長い間、続く。
当時、葉巻を手に押し付けるシーン、傷に酒をかけるシーンはカットされた。
DVD「荒野の用心棒・完全版」では復元されている。
命からがら逃げのびたジョーは、棺桶屋ピリペロ(ヨゼフ・エッガー)に助けを求める。
<ヨゼフ・エッガー、クリント・イーストウッド>
ピリペロ:「何してる こんなとこで」
ジョー:「出してくれ」
ピリペロ:「まだ死んでないな」
ジョー:「早く助けてくれないと 死ぬ」
ラモンは仲間を撃ち殺したのはバクスターの仕業と思い、バクスター一味を壊滅させ町を牛耳る。
燃えるバクスター邸、悪党が笑いながらバクスター一味を殺す冷酷な映像が、イギリスではX指定にも関わらずカットされている。
保安官のバクスターを演じるウォルフガング・ルスキーは、西ドイツの俳優。
ハリウッド映画の保安官にワルは少ないが、レオーネの映画はそうでもない。
<ウォルフガング・ルスキー(左)>
バクスター:「ラモン 降参する 言うとおりにする」
ラモン:「約束するか!」
バクスター:「約束する 町を出て行く」
ラモン:「カミさんが許すかな 反対するぜ」
棺桶の中から、一部始終を眺めていたジョー。
ジョー:「(ピリペロに)行こう ショーは終わった」
ジョー:「ピリペロ 店に戻れよ 間もなく棺桶が必要になる」
ピリペロ:「その言葉を待っていたよ」
ラスト、主人公ジョーとライフルの名手ラモンの対決シーン。
ラモンはシルバニトを町の真ん中で痛めつけて、ジョーをおびき寄せる。
ラモン:「おまえアメリカ人と仲が良かったな 奴を どこに隠した」
シルバニト:「・・・」
その時、ダイナマイトを使って砂埃の中からジョーが現れる。
ジョー:「俺に用か? 老人を降ろせ」
笑顔を見せるシルバニト。
ラモンのライフル銃と人数では、勝ち目のないジョーだが、どうやって対抗するのか?
レオーネ監督、マカロニウエスタンの決闘が始まる。
ラモン:「お前の最後だ」
ラモンはジョーに向けてライフル銃を発砲、一発で仕留めたのにジョーは倒れない。
ジョー:「どうしたラモン 腕が鈍ったか?」
ジョー:「やる気なら心臓を狙え」
ラモンが撃ち込んでも立ち上がるジョー、ラモンのライフルは弾切れ。
実は金属板をポンチョの下に着けたのだ。
心臓を狙う限り、ジョーは安全だ。
ラモンは徐々に焦っていく。
ジョー:「ライフル銃と対決したら 拳銃は勝てる見込みがないと言ったな」
ジョー:「試してみよう 弾を込めて撃て」
ジョーとラモン、1対1の対決。
拳銃よりライフルの方が装填に時間が掛かる。
ジョーは武器を地面においても、自分が勝つと知っていた。
ガンベルトと銃身は「ローハイド」からイーストウッドが持ってきたもので、レオーネ作品では必ず身に着けていたそうだ。
拳銃とライフルの勝負、拳銃の勝ちだ。
「荒野の用心棒」では美術監督のカルロ・シーミがアメリカ西部の開拓時代を見事に再現している。
<クリント・イーストウッド、ホセ・カルヴォ>
ジョー:「金が返って 政府も喜ぶだろう」
シルバニト:「治安は良くなるし 残る気はないか?」
ジョー:「あばよ」
シルバニト:「達者で」
モリコーネの楽曲がながれ“END”マーク。
イタリアで公開された黒澤明の「用心棒」を見て感銘を受けたセルジオ・レオーネが、日本の時代劇を西部劇に作り変えた。
レオーネは同僚のスタッフと再度「用心棒」を鑑賞、映画のセリフを書き写して参考にしたと言われている。
撮影はスペイン南部のアルメリアで、由緒あるオープンセットがあり、ミニ・ハリウッドと呼ばれている。
現存する場所で観光客も多い。
<ミニ・ハリウッドのイラストマップ>
【イーストウッドのコメント(一部)】
「マカロニウエスタンという言葉が無かった時代だ。イタリア製の西部劇なんて奇妙に思えたよ。スペインの土地はどこかアメリカ西部に似ていた。「用心棒」が大好きだったので、このプロジェクトに参加した。イタリアやスペイン旅行が出来る。それが楽しみだった。もし作品がヒットすれば、それはボーナスという考えだ。それで現地へ飛び、自分の最善を尽くした。衣装や小道具は自分で用意した。ジーンズや「ローハイド」のブーツも持ち込んだ。帽子にポンチョ、一揃えしかない。帽子を失くしたら、衣装の全てが合わなくなるので、撮影が終わるたび衣装をホテルに持ち帰った。「荒野の用心棒」はイタリアの低予算映画でね、僅かな資金でまったく余裕がない。今から思うと面白い体験だよ。<2003年8月収録>
<クリント・イーストウッド>
【「荒野の用心棒」ポスター集】
面白さが伝わったでしょうか?
投稿記事はネット、DVDソフトのコメンタリー、関連書籍を参考に主観を記述させていただきました。
また、文中、敬称略としました。ご容赦ください。