当時、日本のホラー映画は怪談・怪猫ものが主流でしたが、八ケ岳山麓にある女子大学生寮を舞台に若き新任教師が吸血鬼に挑む、東宝・山本迪夫監督の怪奇ロマン「血を吸う薔薇」。
日本の銀幕に映像化した「幽霊屋敷の恐怖 血を吸う人形」「呪いの館 血を吸う眼」に続く「血を吸う薔薇」は、血を吸うシリーズ最終作にして最高傑作。
DVD化されています。
流血描写やアクションにも力が入ってエロチシズムもアップ、山本迪夫監督の演出手腕と凝りに凝った映像を楽しめる。
記事は本編内容のほんの一部です。
是非、本編を映像でご覧いただき、お楽しみください。
<注>何度も語られてきたストーリーですので、ご承知の方も多いと思います。
当記事もネタバレを含みますが、何度観ても面白い作品です。
昭和49年7月公開/東宝/カラー・シネマスコープ/83分
八ケ岳山麓にある駅に列車の警笛が聞こえて、怪奇調の音楽(音楽・真鍋理一郎)とともに「血を吸う薔薇」のタイトル。
冒頭から怪奇ロマンの世界に引きずり込まれる。
楳図かずおファンである田中文雄(プロデューサー)が企画した怪奇路線。
脚本・小川英 武末勝 撮影・原一民
美術・薩谷和夫 音楽・真鍋理一郎
録音・矢野口文雄 照明・森本正邦
編集・池田美千子 助監督・小栗康平
合成・三瓶一信 擬斗・宇仁貫三
助監督に後年「泥の河」を監督する小栗康平の名があります。
キャストは黒沢年男、望月真理子、田中邦衛、佐々木勝彦、岸田森、桂木美加、伊藤雄之助、片山滉、二見忠男、太田美緒、荒牧啓子。
八ケ岳山麓にある80年の歴史を誇る女学院・聖明学園に、東京から若い教師・白木(黒沢年男)が就任して来る。
ロケ地は清里、駅は小海線の甲斐小泉駅です。
山本迪夫監督の嗜好はショック場面で押す「ショッカー映画」。
東宝カラー「明るく楽しいみんなの東宝」の従来路線とは一線を画した。
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【山本迪夫】
監督の山本迪夫は、昭和44年の三橋達也主演映画「野獣の復活」で劇場用映画監督デビュー。
代表作は「幽霊屋敷の恐怖 血を吸う人形」「呪いの館 血を吸う眼」「血を吸う薔薇」の3本からなる血を吸うシリーズで、日本のテレンス・フィッシャー(英・ハマープロ「吸血鬼ドラキュラ」などの監督)と言われた。
1970年代中盤以降からはテレビドラマ「太陽にほえろ!」「土曜ワイド劇場」などテレビ映画の監督に専念していた。
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【黒沢年男】
昭和39年に東宝に入社。アクション、時代劇、サスペンスものからホームドラマまで幅広い役柄を演じている。独特の低音声が特徴で歌手として「やすらぎ」「時には娼婦のように」は大ヒットとなった。
子供の頃に化猫映画を観てひきつけを起こして以来、怪奇映画を苦手としていたが「野獣の復活」「雨は知っていた」などで旧知の山本監督の熱心な説得を受け「血を吸う薔薇」に出演した。その際も完成作品を観ないことを条件としていた。また、参考試写された前作「呪いの館 血を吸う眼」も途中で退席したという。
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八ケ岳山麓にある駅に降りた白木(黒沢年男)は、駅で聖明学園の行き方を聴くが、駅員(二見忠男)の返事はあっけない。
血を吸うシリーズ全3作に出演している二見忠男が、ここでも不愛想な駅長役で登場。
個性的な存在感がある俳優です。
<二見忠男(駅員)、黒沢年男(白木)>
白木:「あの・・・聖明学園には どう行けば?」
駅員:「(不愛想に)聖明? バスがあるが 夜まで出ないよ」
八ケ岳の雄大な景色がスクリーンに広がります。
駅に学園の吉井教授(佐々木勝彦)が、車で白木を迎えに来る。
吉井:「白木先生ですね」
白木:「ええ バスがないんで困ってたんです」
途中、交通事故のタクシーを見かける。
白木:「ひどいなあ こんな所でも事故が」
吉井:「二日前 酔っ払い運転のトラックを 避けようとしてね」
白木:「客は乗ってたんですか?」
吉井:「ええ 学長夫人がね 即死でした」
白木:「えっ?!」
【山本迪夫監督・談】
頭から怪奇映画を意識したんです。
黒沢年男が駅に着くときに、まず二見忠男を不気味な駅員で出したらその雰囲気になってくるんじゃないか。という狙いがありました。
そして迎えに来る佐々木勝彦君の顔がすでに青白い(笑)。
もう妖怪の集まりだよという感じ。八ヶ岳でね。
学長邸に案内された白木。
白木は学長(岸田森)に、亡くなられた学長夫人(桂木美加)のお焼香を申し出るが、再び蘇るかも知れないという古い習慣で地下室に7日間、遺体を安置する仮埋葬を済ませた所だと断られる。
そこで突然、白木は学長から、この学園の後継者にすると告げられた。
<岸田森(学長)>
学長:「突然で驚くかもしれないが 君を次期学長 私の後継者にと思っているんだよ」
白木:「冗談はやめてください」
学長:「冗談で君を東京から呼んだりしないよ」
白木:「しかし 僕にはそんな資格が・・・」
学長:「私には長年の持病があってね ほとんど学園に出られない」
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岸田森君は学長として昼の暮らしをしていますけど、でもあの顔は昼間からドラキュラですね(笑)。最初からその世界の住人にしちゃったんですけど。前の映画を見た皆さんが「またやるか!」とハナから期待するだろうと思いまして。
その夜、学長邸に泊まった白木は、野々村敬子(麻理 ともえ)と、死んでいるはずの学長夫人(桂木美加)に襲われ、気を失う夢を見た。
野々村敬子の胸元には、キリで刺されたような二つの傷跡があった。
<麻理 ともえ(野々村敬子)>
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黒沢君が最初に夢で見る被害者が麻理 ともえ、今の阿川泰子さんなんですね。
あの頃は文学座の研究生でした。
【麻理 ともえ=阿川泰子】
麻理ともえは、日本のジャズシンガー・阿川泰子の女優時代の芸名でした。びっくりです。「主役でもないのに脱がされる、端役のヌードがいや」と女優を辞め、ジャズ・ボーカルの分野で人気を得、当時のジャズブームを作った一人でしょうね。
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<桂木美加(学長夫人)>
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【桂木美加】
学長夫人役の桂木美加、とてもインパクトがあり好演でした。昭和46年の特撮テレビドラマ「帰ってきたウルトラマン」に丘ユリ子隊員役でレギュラー出演、昭和49年「ウルトラマンレオ」にゲスト出演以降、芸能活動しておらず、「帰ってきたウルトラマン」で共演した団時朗は「おそらく結婚されて……」と語っている。
<桂木美加「帰ってきたウルトラマン・丘ユリ子隊員」より>
学長夫人と丘ユリ子隊員の桂木美加、同じ人とは思えません。凄い女優さん。
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聖明学園で教鞭をとる白木は、テニスコートで3人の元気な寮生、西条久美(望月真理子)、林杏子(荒牧啓子)、三田村雪子(太田美緒)と知り合う。
<望月真理子(西条久美)、荒牧啓子(林杏子)、太田美緒(三田村雪子)>
白木:「よろしく 新任の白木だ」
雪子:「心理学の」
雪子:「私たち3人とも寮生で 同じ部屋なんです」
舎監室では校医の下村(田中邦衛)と知り合い、下村から一生徒の蒸発事件を知った。
その生徒と言うのは幻想の中で出会った女生徒・野々宮敬子だった。
事件を追ううち、白木は200年前から伝わる吸血鬼伝説に突き当たる。
下村:「毎年いるんですよ 蒸発しちゃう生徒が」
白木:「毎年ですか」
下村:「ええ」
(中略)
下村:「夢?」
白木:「学長邸に泊まった晩 死んだ学長夫人と 会ったこともない野々宮敬子が出てきたんです」
下村:「夢のなかでか 妙な事があるもんだな」
下村は白木に、遠い昔、転びバテレンとなった白人が吸血鬼になったという、この土地の伝説を話した。
下村:「これで おとぎ話はおわりだ」
白木:「おとぎ話と思っていたら 僕をここへ引っ張ってはこなかった そうですね」
下村:「うん その通りなんだ」
白木:「夢じゃなかった」
下村:「夢じゃなかったと言うのかね 野々宮敬子も 学長夫人も?」
白木:「そのほうが ずっと判り易い」
下村:「それが夫人だとしたら 学長も?!」
春休みとなり生徒が帰郷する中、催眠術にかかったような杏子(荒牧啓子)が心配で、久美(望月真理子)と雪子(太田美緒)は学園に残った。
その夜、杏子と黒マントの男(学長)が雪子を襲う。
<岸田森(学長)>
雪子の悲鳴を聞き白木と下村が駈けつけると、黒マントの男は姿を消し、杏子は階段から転落死した。
転落した女の子の太腿が必ず写るのは、田中文雄さん(プロデューサー)の趣味でしょう(笑)。
こういうものは色気がなければ駄目ですよ。僕は色気がないって怒られます。
あの頃セクシャルなものはそんなにうるさくなかったですから。乳房から吸う吸血鬼ってのは、珍しいかもしれませんけど、あれはひょっとして岸田森が言い出したのかもしれません。
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下村が黒マントの男を追って林の中へ入って行くと、雪子の胸に牙を立てている学長がいた。
<岸田森(学長)、太田美緒(三田村雪子)>
夢中でカメラのシャッターを切る下村だが、吸血鬼に襲われる。
<田中邦衛(下村)>
白木は学長が犯人だと主張するが、吉井教授(佐々木勝彦)の証言で学長の容疑は消えた。
杏子の死因について高倉刑事(伊藤雄之助)は事故死として処理した。
<伊藤雄之助(高倉刑事)、黒沢年男(白木)、望月真理子(西条久美)>
高倉:「殺人とは思えんですな」
白木:「林杏子が事故死なのは 分かりました だが・・・」
高倉:「残念ながら 押し入った男の顔を確認していない」
白木:「後姿を見ました あれは学長です」
高倉:「学長?」
吉井:「学長は ずっと私と一緒でした 夕方からずっと」
白木の前の学長候補・島崎教授(片山滉)は発狂しており、日記には『もしもこの世に 本当に不死身の魔性の者が生きているとしたら 魔性のそのままの顔形でいる筈はない 人間として生きているはずだ 生身の人間に 次々に乗り移って 生き続けている筈だ』と記されていた。
白木は学長候補と言われた島崎教授を精神病院に訪ねる。
<黒沢年男(白木)、片山滉(島崎教授)>
白木:「島崎さん あんたは狂ってなどいない そうでしょ」
白木:「あなたは 恐ろしいほどの真実を訴えようとした この文書は どういうことですか」
白木:「僕は今 10年前のあなたと 同じ立場に 置かれているんです」
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【片山滉】
片山滉は東映の「警視庁物語」シリーズに鑑識職員役で15回出演した常連、存在感のある俳優です。潮健児の自伝「星を喰った男」によると、片山は女子高校の先生もやっていた知識人で本当のインテリ役者だったそうです。昭和53年に自動車事故で、惜しくも急逝されました。
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学園では、学長夫人(桂木美加)に誘導され、自ら地下室に入った三田村雪子(太田美緒)。
夫人は、全裸で横たわる雪子の顔を短剣で剥いで、その生皮を自分の顔にかぶせた。
ショッキングシーンの連続。
【原一民(撮影)談】
日本ではなかなか解禁になりませんね。当時はヘアーを見せられませんからカモフラージュ、この辺が辛いとこですね。
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学長夫人が三田村雪子に乗り移ります。
三田村雪子に乗り移った学長夫人が、西条久美(望月真理子)を襲う。
久美:「違うわ いつものユッコじゃないわ!」
雪子:「やっぱり分かるのね あなただけは騙せないと思っていたわ」
久美:「あなたは誰 誰なの?」
雪子:「わたしは三田村雪子 もうじき白木学長夫人におさまる女よ」
【原一民(撮影)談】
こういう作品は、自分たちのイメージで作れる楽しみがあるんです。
女性同士の格闘も、よくやってますよ。若いからね。
女優さんは髪や裾を乱すの抵抗があるんですね。
しかし、この二人は我を忘れてその気になってやってましたね。
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雪子は白木を林の中の底なし沼に呼び出した。
白木には、すでに雪子が学長夫人であることが分っていた。
<黒沢年男(白木)、太田美緒(三田村雪子)>
雪子:「先生 私と結婚して」
白木:「僕を利用して 学長を継がせるためにか」
白木:「君は三田村雪子じゃない 学長夫人だ」
雪子:「先生の味方は 誰もいませんわ」
白木:「誰も? じゃあ西条君も」
雪子:「ええ 下村先生も この沼の底よ」
<佐々木勝彦(吉井教授)>
吉井:「下村先生は 寂しくないはずだよ 沼の底には野々村敬子も 三田村雪子もいる」
突然吉井教授が白木を襲った。
二人は格闘になり、吉井が底なし沼に落ちた。
【佐々木勝彦】
佐々木勝彦は名優・千秋実の息子。
東宝特撮のゴジラシリーズ「ゴジラ対メガロ」(昭和48年)や「メカゴジラの逆襲」(昭和50年)に主演している。
森村桂原作のTVドラマ「それゆけ結婚」(昭和46年・鳥居恵子共演)が懐かしい。
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現学長夫妻は人間に乗り移って生命を長らえてきた吸血鬼であり、次の標的として白木を選んだのだ。
白木は学長夫人を追って地下室に潜入、柩の中から囚われていた久美(望月真理子)を助け出した。
<望月真理子(西条久美)>
久美:「先生・・・」
白木:「さあ しっかりするんだ」
ラストの対決、白木と久美を背後から襲いかかる吸血鬼の学長夫妻。
吸血鬼は力強い。
英国ハマープロ「吸血鬼ドラキュラ」のクリストファー・リー(ドラキュラ伯爵) VS ピーター・カッシング(ヴァン・ヘルシング博士)の対決シーンに負けないガチの死闘が展開する。
怪奇映画ファン必見。
<岸田森(学長)>
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【岸田森】
岸田森は文学座の同期である女優・悠木千帆(のちの樹木希林)と結婚(のちに離婚)。
悠木、草野大悟らと劇団「六月劇場」を設立し、映画・テレビで活躍する。
円谷プロとの初仕事「怪奇大作戦」(昭和43年)が自身の芝居の転機と語り、以後、円谷プロのテレビ特撮「帰ってきたウルトラマン」「ファイヤーマン」などで出演の他に脚本、演出も手掛けている。
山本迪夫監督の東宝映画「呪いの館 血を吸う眼」(昭和46年)、「血を吸う薔薇」(昭和49年)で吸血鬼を演じ、和製ドラキュラとの評価を得、この「血を吸う」シリーズは代表作となった。
山本迪夫監督と「また吸血鬼やりたいね」と語っていたが、両名とも他界され、実現されず残念です。
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<太田美緒(三田村雪子)>
【山本迪夫監督・談】
岸田さんがドアを破って、望月真理子の髪の毛を引っ張って連れて行く、胸にささった斧を抜いて投げ返したり。壁ぶち破ってね。壁の材料に使ったバルサは高いんです。後から思い付いたのでデザイナーに金がかかると、怒られちゃったんですけど(笑)。
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格闘中に上から落ちた学長の肖像画が、すでに白木の顔に変わっているカットも秀逸。
三田村雪子の学長夫人も手強い。
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エキサイティングしていくシーンは、カメラワーク、照明、録音、技術パートはすべて一発OKです。二回も三回もやると、役者のテンションが落ちちゃうし、息抜けちゃうんです。気を入れてやってますからね。
立ち回りの激しい動きは、撮りきれないので複数のカメラを使って一気に撮ります。何回もやるのは、役者にも限界がありますからね。(擬斗・宇仁貫三)
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学長が死亡する場面には、彫刻家の松崎二郎が制作した石膏の頭蓋骨に蝋を盛ったダミーの頭部が用いられ、これを熱と塩酸で実際に溶かしているそうです。
吸血鬼として生き続けなければならなかった宿命の学園長夫妻、夫婦愛が描かれたラストシーンでした。
<望月真理子(西条久美)、黒沢年男(白木)>
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【山本迪夫監督・談】
「血を吸う眼」の次もまた作ってくれと言われて僕が渋ったんで「血を吸う薔薇」は2年後なんです。
「太陽にほえろ!」でめちゃくちゃ忙しかった時でしたから、ちょっと飽きちゃって引き受けたんです。
日本人の多くはキリスト教信者じゃないんだから、十字架でドラキュラが滅びるわけはないだろうし。ニンニク臭いのはいっぱいある。僕自身は怪奇もの作るのはいいんだけど、どうやって滅びるかというのが大変なテーマになると思いました。
記事はストーリーのほんの一部、是非、本編を映像でご覧いただき、お楽しみください。
お薦めです。
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《付録》
こちらは英国ホラー映画の名門・ハマー・フィルム・プロダクション製作の映画「吸血鬼ドラキュラ」(1958年)。
ブラム・ストーカーの小説「吸血鬼ドラキュラ」の映画化で、初のカラーフィルムによるドラキュラ映画。
ホラー映画史上屈指の傑作として名高い。
画像はラストシーン、ドラキュラ伯爵(クリストファー・リー)と医師ヴァン・ヘルシング博士(ピーター・カッシング)との対決に「アッ、その手があったか!」とびっくりです。
監督は「フランケンシュタインの逆襲」(1957年)など、ホラー映画の名監督として注目されたテレンス・フィッシャー。
<クリストファー・リー(ドラキュラ伯爵)>
<ピーター・カッシング(ヴァン・ヘルシング博士)>
力強いドラキュラ伯爵に、ヴァン・ヘルシング博士も苦戦。
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文中、敬称略としました。ご容赦ください。