著者の“本多きみ”さんは、東宝特撮映画「ゴジラ」をはじめ、数多くの映画を演出された本多猪四郎監督の奥様です。

本多きみさんは昭和12年東宝入社、日本で8番目のスクリプター(映画の撮影現場で、撮影シーンや内容を記録・管理する)として活躍されていました。

映画関係に関する本は多く出版されていますが、「ゴジラのトランク」は奥様だからこそわかる夫を支えたエピソード、素敵な仲間たちの思い出が、素敵な文章でたくさん綴られています。

 

住まいの武蔵荘(東京・成城)には、1年先輩入社の若き黒澤明(クロさん)、後に「羅生門」をプロデュースする同期の本木荘二郎(本木ちゃん)、もちろん本多猪四郎(イノさん)もいました。

<本書より・武蔵荘での本多きみさん(中央)>

 

本書は彼女の少女時代の話、東宝の岩下広一氏(タコさん)に誘われ東宝に入社した話、東宝仲間の黒澤明監督(クロさん)、谷口千吉監督(千ちゃん・妻は八千草薫さん)との思い出、生涯の伴侶となる本多猪四郎監督(イノさん)との出会い、3度の徴兵で夫の監督昇進が遅れた話、円谷さんとの独特の友情、ゴジラ誕生秘話、イノさんとクロさんとの友情など一気読みでした。

<本多猪四郎監督>

 

【イノさんとの出会い(本書から抜粋)】

タコさん:「イノさんって呼んでやっておくれ」

きみ:「イノさんですか」

名前らしくない、聞きなれない音だったので、口に出して言ってみました。

タコさん:「うん、イノシシ年生まれなんだそうだ。それで四人目の男の子なんだってさ。だからイノシシシロウって書いてイノシロウ、猪四郎ってぇんだ。そいでイノさんってわけ」

<本多監督、円谷英二特技監督「ゴジラ」(昭和29年)より>

 

【八千草薫さんとのおしゃべり(本書から抜粋)】

八千草:「私は『ガス人間』(ガス人間第一号)だけでしたっけ、本多先生の作品に出演したのは?」

きみ:「そうそう。」

八千草:「私ってなにしろ東宝を辞めましたでしょ。だから、あんまり撮ってないんですよね。『ガス人間』も結婚して一、二年たったぐらいの時だったんですよ。あの頃は結婚するとダメな時代ですからね。」

きみ:「それなのに大きな英断で結婚しちゃったからね。」

八千草:「あんまり考えないで、結婚してしまって。」

きみ:「今でも見ると、ほんとに『ガス人間』のこの姿、綺麗ねぇ」

八千草:「若い時は誰でも綺麗でしょ。」

きみ:「いや、ほんとに綺麗だったね。“だったね”ってごめんなさい。アハハ。」

八千草:「この時は役が、いつもスーっと無表情でいる役なんで、けっこうしんどかったんですね。」

きみ:「綺麗だったから、イノさんストップかけられなくなっちゃったんじゃないの。」

八千草:「何年か前に、俳優の佐野史郎さんがDVD持ってきていらして『サインをして下さい』って。『この映画は素晴らしいんです』って。『僕、大好きなんです』なんておっしゃってね。」

きみ:「私もこの作品、好きだよ。」

八千草:「そういえば、土屋嘉男さん(ガス人間役)今、どうなさっていらっしゃるのかしら。」

<八千草薫さん、本多きみさん(本書より)>

*「ガス人間第一号」(東宝)のDVDは八千草薫さんのオーディオコメンタリー入りでした。(必見)

<「ガス人間第一号」(昭和35年)ポスター>

 

<八千草薫さん(「ガス人間第一号」より)>

 

<八千草薫さん、土屋嘉男さん(「ガス人間第一号」より)>

 

ガス人間第一号」演出中の本多監督(右)>

 

こちらは「怪獣大戦争」(昭和40年)で、X星人M1号役の水野久美さんを演出する本多監督。

<「怪獣大戦争」演出中の本多監督と水野久美さん>

 

怪獣・アクション・メロドラマの妖精、女優・水野久美さん。

過去の投稿もご訪問ください。

 

<「怪獣大戦争」(昭和40年)ポスター>

 

【黒澤明監督との会話(本書より)】

黒澤:「イノさん、知ってるか、イノさんは俺よりずっと有名なんだぞ。」

本多:「そうなのかい。」

黒澤:「あのな、イノさん、外国でイノさんの作品がどうなってるか知ってるのか。」

本多:「よくわからないよ。だって俺、あんまり行かないもん。」

黒澤:「俺と一緒にプロダクションやらないか。」

本多:「嫌だよ、おれは。」

結局、イノさんはフリーの立場でクロさんを手伝い続けました。

黒澤:「一緒に取ると決めたからには五本は撮るよ」

何回もNGだったシーンが、イノさんのアドバイスで一発OK。

最初の約束とおり二人は夢中で走り続けます。

「影武者」「乱」「夢」「八月の狂詩曲」、そして五本目の「まあだだよ」(平成5年)が二人の遺作となりました。

<昭和60年・黒澤明の文化勲章受章記念パーティでの本多監督(右)>

 

<本多監督の墓標の横にある碑>

「本多は誠に善良で誠実で温厚な人柄でした。映画のために力いっぱい働き、十分に生きて本多らしく静かに一生を終えました。」 平成五年二月二十八日 黒澤明

 

平成30年に100歳で逝去された本多きみさん。

10年程前に発行された本(平成24年第1刷発行)ですが、特撮映画ファンならずも興味津々です。探してみて下さい。

私は白井市立図書館で借りました。